妻夫木聡と水原希子主演の公開中の映画『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』。その原作者である人気コラムニスト・渋谷直角さんのコラム集『コラムの王子さま(42さい)』(文藝春秋)がとっても心が和む。その収録コラムの一部をご紹介!

イラスト/渋谷直角
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つもり

 漫画家の堀道広さんからハガキが届いて、そこには「あけましておめでとうございます」の文字と、Amazonの箱に入った馬が大汗をかいているイラストが描かれていた。裏には、「年賀状のつもりです」と直筆で。

 もう3月である。

 その時空感に一瞬焦ったが、僕はこの「つもりです」という言葉に、非常に感銘を受けてしまった。「つもり」って、なんてすばらしい言葉だろう、と。いろいろなものが許される、前向きになれる、超ポジティブなワードに思えたのだ。たとえばこれだ。

「〆切に、間に合ったつもりです」

 ヤバイ。なんだ、この正当化されたかのような堂々とした響きは。現にこのコラムの原稿も〆切をだいぶ過ぎているが、「間に合ったつもりです」と言うと、なんだか勇気が出てくる。むしろ編集者に、「何が問題なんだ?」と逆ギレしたくなる(大迷惑)。

 ただ、この「つもり」はあくまで事後。何かをしたあとで使うのが好ましいと思う。未来に向けて使う「つもり」はあまり良くない。「買ったつもり貯金」とか、「ステーキ食べたつもり」とか、ストレスが溜まるだけで楽しくない。

 やはり、何かを行ったあとに「うまくできたつもり(黒こげの料理を)」、「ボッテガのつもり(ナイロンの財布を)」などと正当化したい。それだけで、気持ちに余裕が生まれる。幸せな気持ちになるのだ。「つもり」はすごい。 

 ただ、深く考えていくと、悪い「つもり」もあることに気づく。

『コラムの王子さま(42)さい』渋谷直角※記事の中の書影をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします

「お金払ったつもり」「からかったつもり」など、万引きやイジメを正当化させてしまう恐れがあるのだ。それを許容しては、世界がメチャクチャになる。だが、「つもり」の持つこのパワーを無視するのは惜しい。どうすればいいんだ……。俺は、どうすれば世界を救えるんだ!? 

 あともうひとつ、この「つもり問題」をややこしくさせているのが、「ツモリチサト」である。あの「ツモリ」はどうすればいいのだ。え? 名前? そんなのはわかっている。でも世間で「つもり」といえば、「ツモリ」ももうひとつの大きな勢力である。

 決して「ツモリ」も無視できない。悪い「つもり」を駆逐し、良い「つもり」だけの世界にする。ツモリチサトには今後もがんばっていただいて、ますます「つもり」の地位向上に励んでいただきたい。「着ると元気になる」。そんな服作りを、ツモリには望みたい。わかったね。

 ……何を言っているんだ、この文章は!? 読み返しても意味がわからない。そしてツモリにすげー失礼。でもいいや。このコラム、できたつもりです(送信)。


渋谷直角(しぶや・ちょっかく)◎漫画家・コラムニスト 1975年東京都練馬区生まれ。1990年代後半にマガジンハウス「relax」誌でライターを務めながら、同誌で漫画も描き始める。著書に長編漫画『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』(ともに扶桑社)、エッセイ『直角主義』(新書館)、『ゴリラはいつもオーバーオール』(幻冬舎文庫)など。新刊漫画『デザイナー渋井直人の休日』(宝島社)も発売。