2人が職場内不倫に陥るまで、時間はかからなかった

 理沙は、高校卒業後、10年ほど飲食業界で働いていた。飲食業界は、接客業が好きな理沙にとっては毎日が楽しく充実した日々だった。しかしその一方で、理沙は、根っからの「だめんず」好きというか、極度の男性依存の傾向を次第に強めていった。その理由の一つは、理沙がアスペルガー症候群であったこと。そのため、上司の指示やマニュアル通りに仕事ができないことがあるなど、いろいろと思い悩むことが多く、常に誰かとつながっていないと不安なところがあった。

 その頃、理沙には、半ばヒモ状態だったバンドマンの彼氏がいたが、30歳を目前にしても夢を追い続ける彼との関係に未来はないと思い、飲食業界から別の業界へ転職するタイミングで別れることを決意した。とはいえ、その年になると、周りのいい男たちはみんなとっくの昔に結婚していて、“良品”が払底している状態であったのだが。

 新天地となったのは、かつて父親が働いていた自動車業界――。密かに憧れていた業界でもあり、一念発起して自動車の営業職に転職したのだった。正社員として現在の会社に雇用されるようになったのは去年の7月のことである。

仕事の内容としては、上司とペアで移動して、一日中作業することが多いんです。お昼も車の中で2人でお弁当とか食べるので、一緒にいる時間が長いんです。それで、前の彼氏のこととか、プライベートなこととかを話すようになって、すぐに好きになっていきましたね

 業界のことを右も左もわからない理沙に、手取り足取り丁寧に教えてくれたのが、今の不倫相手の豊であった。老若男女、誰からも好かれる明るくて優しい性格の豊に、理沙が心奪われるのに時間は多くはかからなかった。

 一昔前に比べて女性の割合が増えたとはいえ、自動車業界は、やはり男の職場である。

 職場にいる数少ない女子社員は、男性社員の争奪戦の対象になり、必然的にモテること、数少ない既婚の女子社員の不倫も会社では横行していることもあって、罪悪感は持ちようもなかったという。

 豊のほうにも不倫に走る理由があった。妻の出産後、10年近いセックスレスで我慢の限界に達していたのだ。それは、あたかも枯れかけた“男”を生き返らせたい、というあらがい難い欲望だった。

(後編に続く)

*後編は11月12日に公開します。


<著者プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。
最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の生々しい現場にスポットを当てた、『中年の孤独死が止まらない!』などの記事を『週刊SPA!』『週刊実話ザ・タブー』等、多数の媒体で執筆中。