不倫相手の家族にケーキのお土産を
「夫との生活のときは、常にイライラしていたけど、今は真ちゃんと多少すれ違ったりしても、受け止められるんです。それは、ベースに愛があるからなの。夫との間には愛がなかった。愛って、最初からあるものではなくて、育むものだと思うんだけど、夫はそれを育てられる相手じゃなかった。夫とは、“あなたのために良くなるようにやってるのに” “俺はおまえのためにやってんだよ!”って、毎日怒鳴り合いだったんですよ。それ、おかしいでしょ。私にとって、愛を育める相手が妻帯者だったのは残念だけど、でもそれはしょうがない。年が年だからね」
由美子はそこまで一息にまくし立てると、「私は不倫に救われたよね」とボソッとつぶやいた。
「結婚生活では、ひたすら逃げていた。本当の愛に出会いたいと思って、放浪の旅に出ていたけど、奇跡が起きて、大事な人に出会えたから大事にしたい。だから彼が大事にしてるものも大事にしたいから、彼の子供も大事。みんな大事でしょ。彼の奥さんも大事になっちゃう。彼の奥さんが泣いて別れたくないって言ったら別れなくてもいいんじゃない? って言うね」
つい先日のこと。山梨へ旅行した帰りの道中で、由美子と真一は、地元で有名なケーキ屋さんに立ち寄ることにした。二人は、テラスで仲睦まじくケーキを分け合って食べた。その姿は、かつて由美子が喉から手が出るほど欲しかった、どこにでもいる仲睦まじい普通の夫婦のようだ。しかし、二人は夫婦ではない。
由美子は、いたって自然なそぶりで、4人分のケーキを注文した。そして、お土産といって、真一にそっと持たせた。
「これ、奥さんと子供に、お土産、持っていきなよ。喜ぶよ」
真一は、「あぁ、そう、いいの?」と白い紙包みをさりげなく受け取ったそうだ。
それは、由美子にとって、罪悪感や罪滅ぼしなどという薄っぺらいものではない。彼が愛する者は自分も愛するという、由美子ならではの「博愛」なのだ。
不倫相手が持たせたケーキを、何も知らずにうれしそうに頬張る、一家だんらんの風景――。そんな真一の家族の姿を思い浮かべて、私は少し胸が切なくなったが、この世の中には知らなくていいこともきっとあるのだ。
私たちは愛のない相手と結婚してしまうことがある。愛がなくてもセックスはできるし、子供も生まれてしまう。私たちはちょっとしたボタンの掛け違いで人生が行き詰まったとき、救いの手を差し伸べてもらいたくて誰かにすがることがある。それが意図せずして「不倫」という状況をもたらしてしまうこともあるだろう。
由美子と真一がたどり着いた今の関係性は、まさにそのような真実の傍証のように思えるのだ。
<筆者プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。
最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の生々しい現場にスポットを当てた、『中年の孤独死が止まらない!』などの記事を『週刊SPA!』『週刊実話ザ・タブー』等、多数の媒体で執筆中。