また事件の背景には、男性患者の心肺停止を最初に見つけた同僚看護師Aさんの存在もある。Aさんは指示どおりに痰の吸引を実行しておらず、
「痰が詰まって死んだと勘違いし、怠慢を問われると案じたAさんがとっさに“呼吸器がはずれていた”と嘘をついた可能性が高い」(井戸弁護士)
とみている。
もう彼のことは考えたくない
その嘘に合わせるような供述をした西山さんは、
「Aさんはシングルマザーで逮捕されたら生活できない。自分は正看護師ではないし、親と暮らしているし」と、お人よしな性格。しかし、退職したAさんが弁護団に協力することは一切なかった。
とんでもない罪を背負わされてしまった西山さんと男性刑事の別れのシーンは恋愛ドラマのようだった。
「会えなくなるのが寂しい」
西山さんは起訴される2〜3日前、調書を書く男性刑事の手の甲を撫でるように触れながら言った。別の日には、「離れたくない。もっと一緒にいたい」と抱きついた。
「彼は拒否しなかった。“頑張れよ”と励ましてくれた」
男性刑事に騙されたと思うかと尋ねると、
「もう彼のことは考えたくないです」
と言って机に突っ伏した。
後日、井戸弁護士に発言の真意を確認すると、いまでは男性刑事を恨むことはあっても好意は一切ないという。
西山さんの実家に両親を訪ねた。獄中から両親に送った手紙は350通を超える。両親はこの12年、出所するまで毎月、娘と面会するため刑務所に通い続けた。
脳梗塞の後遺症で足が不自由な母・令子さん(67)は、
「上2人の息子は国立大学に行ったけれどお金がかかり、家計のため私は必死で働きましたが、美香のことが放ったらかしになったと後悔しています」
と、うつむいた。
西山さんは、「私は勉強ができなくて、よくできた兄と比べられてコンプレックスを持っていた。それを刑事に言うと“お兄さんと同じように賢いところあるよ”と言われて、うれしくなってしまった」と告白している。
人間関係をつくるのも上手ではなく、幼少時から本当の友達はいなかった。
父・輝男さん(75)は、「勤めだしてからは、お金をあげたりして、友達をつくっていたみたいですね」と話し、「警察は当初、“弁護士はすごい金がかかる。国選にしろ”とか言っていた。何もわからん娘に警察はあまりにも残酷な……」と唇をかんだ。
大阪高検は再審開始決定を認めず最高裁に特別抗告中。西山さんの闘いは続く。
(取材・文 ジャーナリスト・粟野仁雄)