一木さんが本書の作品の中でいちばん思い入れがあるのは、由井と父親とのシーンなのだそうだ。
本作の中には、由井が有島武郎の著書『小さき者へ』を好む場面が描かれている。有島武郎が父親としてわが子に語りかける言葉を、由井は「こんなことを言われたかった」ととらえている。
「私は大人になってから『小さき者へ』を読んだのですが、由井と同じく“父にこんなふうに言われたかったなぁ”と思いました。できなかったことに対する後悔とか、恋愛や家族に対する後悔とか、人は誰でもなにかしらの後悔を抱えているものだと思うんです。私は、読んだ方が少しでも希望を感じられることを信じて5つの物語を書きました」
ライターは見た! 著者の素顔
もともと椎名林檎さんの大ファンだという一木さん。本書に収められている作品とともに思いを込めて書いた手紙を送ったことが、帯の推薦文につながったという。「林檎さんが創られる作品が大好きなんです。『正しい街』という曲の中に“室見川”というフレーズが出てくるのですが、私はその川のそばに住んでいたんです。室見川の川沿いを歩いているときに両親がケンカし、父が母を川べりへ蹴り落としたことなども手紙に書かせていただきました(苦笑)」
<プロフィール>
いちき・けい◎1979年、福岡県生まれ。東京都立大学卒。2016年『西国疾走少女』で第15回「女による女のためのR‐18文学賞」読者賞を受賞。受賞までに4年連続最終候補になった。好きなものはチムチュムと本と芍薬。現在、バンコク在住。
(取材・文/熊谷あづさ)