2年前の熊本地震の前震(4月14日)直後、動物園からライオンが脱走したという写真つきのデマツイートが流れ、瞬く間に拡散されたのは記憶に新しい。その被害にあった動物園こそが県内唯一の公立動物園である熊本市動植物園だ。
県民の憩いの場として愛されてきた。ところが、地震の被害は大きく、いまだに土日祝日のみ一部開園されているだけ。
当初の予定では、この春、全面開園のはずだったが、個人住宅や人の生活に関わる場所が優先されるため、復旧工事が遅れに遅れているのだ。
園内のあちこちは立ち入り禁止となっており、土砂が積まれ、重機が動いている。
「2度の地震で獣舎の損壊がひどくなったので、猛獣は避難させることにしました」
同園の獣医師・松本充史さんはそう言う。ライオンやヒョウなどは本震から6日目には麻酔をかけてトラックに積み込み、九州各地の動物園に避難させた。
「麻酔をかけたライオンなどを2階から1階へ、狭い外ばしごを使って4人がかりで下ろすのが大変でした」
人の生活に甚大な被害がある災害の場合、動物にはなかなか支援がまわらない。
そこで、『全国動物園水族館協会』は災害対策部を作って横のつながりを強め、動物をヘリで運ぶ訓練なども行っている。
協会の手厚い支援で動物たちのエサは途切れなかったが、獣舎を掃除する水がなくて困り果てた。園の前の下江津湖から、職員たちが夜中にバケツリレーをしながら水を運ぶのが日課となった。昼間は近隣住民が水を汲んでいるからだ。動物園の遠慮がうかがえる。
「地震を経験して思うのは、私たちは“地域の”動物園でありたいということ。お金をかけた華やかな動物園ではないけれど、自然に恵まれた環境のなかで植物や動物をゆっくり見てほしいと思っています」
早く復旧してほしいという市民や県民からの声も多く届いている。そこで震災後、“移動動物園”を始めた。動物に負担がかからない範囲で、小学校などからの依頼を受けて山羊やウサギなどを連れていく。子どもたちが動物と触れあい、命の大切さを感じてくれればと松本さんはしみじみ言う。
この動植物園が完全復旧できたとき、被災からまた一歩、前に進むことになる。
〈取材・文/亀山早苗〉
1960年、東京都生まれ。女の生き方をテーマに幅広くノンフィクションを執筆。熊本県のキャラクター「くまモン」に魅せられ、関連書籍を出版。震災後も20回熊本に通い、取材を続ける。著書に『日本一赤ちゃんが産まれる病院 熊本・わさもん医師の「改革」のヒミツ』