「生き方、料理、若い人たちに少しでも伝えておきたいことが入っていると思いますよ」
“ばぁば”の愛称で現役最高齢の料理研究家として活躍する鈴木登紀子さんの著書『ばぁば、93歳。暮らしと料理の遺言』が好評発売中だ。
46歳のときに料理研究家になった鈴木さんが主婦、子育て、仕事を両立する生活を通して培ってきた、人生訓や料理についての金言が綴られている。
「昔に比べたらずいぶん便利な世の中になりましたね。その反面、自分で工夫したり考えたりすることが少なくなっているんじゃないかしら。
忙しい人は(おかずに)できあい物を買ってきて温め直すのもいいと思いますよ。でもそれに慣れてしまったら、どうでもいい食事になってしまうんじゃないかしら。スマホをいじる時間があれば、おひたしでも作って食べてごらんなさいな(笑)。身体に力がわいてきますから。
お食事は大事ですよ。私がこうして元気でいられるのは1日3食をきちんといただいているからだと思っております。生きるために食べる。食べることは生きること。そのために三度三度、きちんと食べていただきたいですね」
手軽で便利なものが増える一方で、頭でっかちにならずひと手間を惜しまない料理を心がけてほしいという。
勉強は大の苦手。夫婦喧嘩は1度もなし
「私はできの悪い子でした。うちの母からはよく“空身で行ったり来たりしないで”と教えられました。何も持たずに行き来するものではないと。身の回りの物を動かしたり、片づけたり何かしら用事があるものだというのです」
女学校を卒業後、結婚。戦後間もない東京での生活は、食料不足などの苦労を経験しながら、3人の子どもを育てあげた。
その後、料理上手だった母の影響を受けて作る料理が評判となり、子育てが一段落したこともあって料理研究家の草分けになった。
「主人は反対しませんでした。あるとき、夜遅くまでおせちを用意していると“楽しいかい?”と声をかけてきたので“楽しいわよー”って。そしたら“そうかい”って。
私が、お料理を楽しそうにしていることがよかったのだと思います」
亡きご主人との結婚生活は60年以上。夫婦喧嘩は1度もなかったそう。
「向こうが(喧嘩を)買わなかったの(笑)。かわし方が上手で、“そうかい”で終わり。余計なことは言わない物静かな人で紳士的だったわね。母には、“おめえさんにはすぎたお人じゃ”って言われていましたよ」
息抜きは海外ドラマ、夢は外国で和食伝授
月に10回開かれる料理教室では、早朝から準備にかかり6~7時間は立ちっぱなしで、ほかにも雑誌やテレビの仕事をこなす。
忙しい合間の息抜きは、大好きな海外ドラマ『ダウントン・アビー』(全6シーズン)を見ること。
「夢は外国で和食を教えることよ。今年94歳になるのでお呼びはかからないわね(笑)。でも、機会があれば行きますよ!」
87歳で大腸がん、89歳で肝臓がんが見つかり治療を受けて現在に至るが、持ち前の好奇心と前向きな気持ちが病気を遠ざけ、元気で若々しくいられる源と拝察する。
「わがまま勝手にしているからですよ。自分のしたいことははっきり言いますし、ストレスをためません」
長年にわたって“食”にこだわり携わってきた鈴木さんに“最後の晩餐”が気になり伺うと、
「お寿司かしら。白身にマグロ。マグロは中トロね。主人はトロが大好きだったわ」
と、愛する人との思い出の味を教えてくれた。
終始、物腰柔らかな語り口と笑顔に、人生と料理に注いだ愛情が表れている。
〈PROFILE〉
すずき・ときこ/1924年、青森県八戸市生まれ。自宅で始めた料理教室をきっかけに、46歳で料理研究家に。40年以上、NHK『きょうの料理』に出演。NHK放送文化賞受賞