卒業文集の言葉
横綱だってチカラビトだって、一人の若者だ。迷いもあればスランプもあって当然。自分の力を信じてもらえなかったり、誰より自分の力を、自分が一番信じられないときだってある。
そのとき「横綱のことは横綱になった者にしかわからないのだから」と言って、本気で稽古を共にしてくれる人がいるのは、何よりの力だろう。
残念ながら、白鵬自身も支度部屋で足を滑らせ、踏ん張ったときに膝にケガを負い、11日から途中休場になった。逆に今は、稀勢の里が白鵬を心配しているかもしれない。横綱ふたりの思いは、私たちにはわからないものが、たくさんあるだろうから。
しかし、さぁ、そのまま流れに乗って名古屋場所! と、思うようにいかないのもまた稀勢の里だ。
白鵬は「今、出れば9勝10勝はできるイメージだけど、横綱は出れば優勝を求められる。それを考えての決断だろう」と後輩横綱の気持を代弁した。
そうか! と、この言葉に納得したが、一方で「横審(横綱審議委員会)は稀勢の里にだけ甘い」という声も相撲ファンからは上がっている。
確かに「横綱の推薦及び横綱に関する諸種の案件に関して日本相撲協会の諮問に答申し、進言する機関」である横審は、横綱の出場などに関して一定の判断基準を持つべきだ。
鶴竜や白鵬に休場が続けばすぐに引退を口にしながら、稀勢の里へは「決意を尊重」と、ひたすら応援する。その一貫性のなさは、逆に稀勢の里には負い目になってしまっているんじゃないかという気もする。
さて、名古屋場所がこれから盛り上がる中、稀勢の里は己の人生を賭けた戦いへと一人、どう備えていくのだろう? ファンは心配する、というよりは信じて待っている。
子どものころ、卒業文集に「努力で天才に勝ちます」と書いた稀勢の里。今度こそ、それを見せる覚悟の時だ。
和田靜香(わだ・しずか)◎音楽ライター/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人VSつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。