もし貴乃花親方が提唱するような相撲道を突き詰めるとしたら。
そのうえでこれから先の未来ある若手力士たちが81歳の日本人男性平均寿命に到達できる安全性を考えたとしたら。このふたつの問題は両立できるものなのでしょうか。
それを考えたら、現在の興行スタイルというビジネスモデルではそれは成立しません。無理やり改革をやるとすれば、それこそF1グランプリのように年間の開催を21回ぐらいにばらけさせたうえで、おのおの一番しか相撲を取らない。
その年間21番勝負で年間優勝を決めるぐらいの開催頻度に下げなければ力士の身体はもたないはずです。
江戸時代は年2回、10日間ずつの開催だった
実際、江戸時代の本場所は年2回。おのおの10日間の開催でした。つまり昔はF1グランプリの決勝レース並に相撲の勝負は少なかったのです。
それが力士年金の問題から11日になり、13日になり、戦後は15日間で定着しました。昭和30年代に九州場所と名古屋場所が加わり、現在のように6場所90日制が定着したわけです。
さて、大相撲の関係者は日本相撲協会だけでなくマスコミ関係者を含め協会を批判するのはタブーになっています。なので貴乃花親方が取り上げようとした本当の問題は「なかったもの」として収束を図られることになるのでしょう。
が、私が今回取り上げたある意味で不都合な真実を考慮した場合、本当はどちらがよかったのかという話に決着をつけてみたいと思います。
結論から言えば、意外に思われるファンの方もいらっしゃるとは思いますが、貴乃花親方の考える改革を進めてしまうと力士の生命はもっと危険にさらされることになっていたでしょう。
そもそもアスリートの肉体的には無理なのです。それがビジネスの問題が絡んで、年6場所の90日に加えて、ファン育成のために大切な地方巡業もしっかりと行わなければならないというのが相撲興行のビジネスモデルなのです。
相撲協会にとっておそらくこの興行日数の制約には手をつけられない。F1グランプリやボクシング世界戦のような低頻度の開催では現在の規模での雇用を維持することはとうてい不可能です。
そのうえで力士の最低限の健康を維持しながら、年90日の本土俵を務めるためには、貴乃花親方が何と主張しようと「今のやり方が最善だ」としかいいようがない。
ここに今回の問題の本質と、あるべき着地点があります。心情的にも貴乃花寄りの私も大相撲ファンとして最終的に納得できる結論なのです。
鈴木 貴博(すずき たかひろ)◎経済評論家、百年コンサルティング代表 東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループ、ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)を経て2003年に独立。人材企業やIT企業の戦略コンサルティングの傍ら、経済評論家として活躍。人工知能が経済に与える影響についての論客としても知られる。近著に『「AI失業」前夜―これから5年、職場で起きること』(PHP)、『仕事消滅 AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』(講談社)、『戦略思考トレーニングシリーズ』(日経文庫)などがある。BS朝日『モノシリスト』準レギュラーなどテレビ出演も多い。オスカープロモーション所属。