それが、なぜ急に叩かれたのか。そもそもドラマは本を元にしてはいるが完全なるオリジナルストーリーで、タイトル変更前の番組公式HPにはこのような言葉が並んでいました。

押し付け感増し増しの言い方

 “世の中の多くの女性たちは、実は自分のことを美人でもブスでもないと思っているのでは? そんな方は、一度自分をブスだと仮定してみることが素敵な女性になれる第一歩! 顔が良いからって幸せになれるワケじゃない! 何事にもいい塩梅があり、それを掌握した者が、いい恋愛ができて幸せになれる。”

 “生きづらさを抱えるイケてない女子は、生き方が間違いだらけ! それこそがブス!まずは自分が思っている以上に、自分はブスだと受け入れなさい! そろそろ「美人」を目指すのをやめて「ちょうどいいブス(ちょいブス)」を目指してみては?”

 まあ、大きなお世話ですよね。なんでやねん、なんで自分で自分をブスだと思うことが素敵な女性になれる第一歩やねん。「顔が良いからって幸せになれるわけじゃない!」からの、「でも自分をブスと認めないと幸せになられへんで!」っていうこの感じ、なんやねん?

 だいたいなんで、美人じゃなくブスを目指さなあかんねん!! 誰だって美人がいいわー!と、脳内なんでやねん祭りになった人も多かったでしょう。原作や、ケイちゃんが普段説いている「ちょうどいいブスのススメ」の本質を予め知っていれば、納得できる部分もあるのですが、知らなければ、世の中の多くの女性をナメているような、失礼すぎる文章に思えてしまいます。

 そしてこの「良かれと思ってあえてハッキリ言ってあげてるんだよ的押し付け感増し増しの言い方」が、女性たちをカッチーンとこさせたのかもしれません。

 もしかしたらこの類のメッセージは、メディアが「これが正解の生き方だ」とでもいうように広く世の中の全ての女性に向けて放つのではなく、芸人が笑いを取る手段だったり、本のように手に取りたい人だけ手に取れるシステムの中に置いているのが「ちょうどよかった」のかも

 そりゃ、バラエティ番組で芸人のケイちゃんをテレビの向こうでポテチ食べつつ寝っ転がって「アハハ、ちょうどいいブスだって。ウケる」って言ってるうちは笑えたが、突然「でも、みなさんも実は美人でもないけどブスでもないですよね? わかります。さあ、みんな一旦自分をブスと認めて、ちょうどいいブスを目指しましょう」と言われたら「なんじゃコラ急にこっち見んなや誰がブスやねん許さんぞ」とポテチを投げ捨て顔の上半分真っ黒にして釘バット持って立ち上がりたくなるわ。そもそも笑えてなかった人からしたら、変にこの言葉が世間に流行って、人にそう呼ばれて愛想笑いを浮かべるなんて地獄でしかないわ。