自分の加害を客観的に捉えることを促す
実は、暴力と怒りは別のものだ。だが、自分自身の暴力に苦しむ人は、暴力を止めようとして、怒りまで抑圧する。すると、反応的な暴力が出る。
「『怒り』そのものは普通の感情であり、善しあしはありません。しかし、それに伴う行動や表現の仕方には善しあしがあります」
暴力への衝動性は、タイムアウト(その場を離れる)や呼吸法で抑える方法を学ぶ。そんなふうに自分の状況を客観的に見ることを身につける。
つまり、セラピストは本人に寄り添い、本人が切望する、例えば「優しい幸せな家族を作りたかった」という願いをかなえるのは、本人自身の責任であることを明確化していくのだ。自分の人生に対する責任、行動する責任、選択する責任を身につけてもらう。具体的には次のような4点が目標となる。
・加害行為に関してはしっかり認識する。
・自分がとった行動がどれくらいの影響があったのかを理解する。
・二度とそうしたことが起きないようにするにはどうしたらいいかを考える。
・被害を受けた人の癒し(ヒーリング)と回復(リペア)には責任があることを学ぶ。
児相に保護された子どもから「会いたくない」と言われる場合もある。親には強い痛みがあるが、その痛みの感情もセラピストは聞き取る。その上で、どう自分の人生に責任を取って、その後も背筋を伸ばして生きていくかを一緒に考える。そのように自分の加害を客観的に捉えることを促し、16週のプログラムを終える。
「自分たちのNPOは州から予算が下りています。更生プログラムには、人件費はかかりますが、市民社会がそこにお金をかけることを認めています。こうした家族を放置しておくと、将来、さらに多くの被害が起こり、そのための介入にはさらに多くの尽力が必要になってしまうことがわかっているのだと思います。
もし暴力・虐待が起こったのであれば必要な介入を適切に適時行わなければ、平和な家庭環境や社会環境は生まれないのではないかと思います」
すべてのプログラムを終了できるのは約6割だそうだ。プログラムを終了した人の再犯率は低いという。だが、途中でドロップアウトした人たちの場合には、再犯率があがる。本人が必要だと感じれば、無料で何クールも繰り返し受けることができる。
もっとも、これだけ手厚く加害者ケアや虐待ケアが行われても、うまくいかない例もある。「パーフェクトなシステムを作ることは難しい」と高野さんは言った。
共働きカップルで生まれる夫から妻への不安感
カウンセリングに訪れるのは、司法命令を受け人だけでなく、妻に言われて来る人もいる。さらに、自分がすぐキレたり、怒鳴ったりすることに危機感を持って来る人もいる。
時代の変化、産業構造の変化の中で、それまで自分を支えていたセルフエスティーム(自尊感情)が、通用しにくくなっている。
カナダのある都市の共働きカップルで、夫が妻よりも自分の収入が低いことに不安を抱え、妻が仕事先で不倫をしているかもしれないと感じ、そんなところで働くなと言ってしまったという事例がある。そこにパワーとコントロールが生まれる。
その場合も、なぜそんな不安感を抱えたのかを「第一ページ」を開くことで見つけ、バランスのいい家庭を作りたいという切望感に対して、本人がどのように責任を果たせるかを考えていく。
目黒区と野田市で起きた2つの事件。職場ではそれなりの評価を受けていた2人の父親たちは、家族を徹底的にコントロールして、わが子を亡くした。仕事や社会的な役割では、彼らの切望感を支えることができなかったとはいえないだろうか。
一体、この2人の父親どのような切望感を抱いていたのか。
私たちは何にセルフエスティームを置くことができるのか、ということを新たに問われる時代が訪れているのではないだろうか。
<プロフィール>
杉山春(すぎやま・はる)◎1958年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。雑誌記者を経てフリーのルポライター。『ネグレクト 育児放棄―真奈ちゃんはなぜ死んだか』(小学館文庫)で第11回小学館ノンフィクション大賞受賞。著書は他に『ルポ 虐待 大阪二児置き去り死事件』『家族幻想 「ひきこもり」から問う』(以上、ちくま新書)、『満州女塾』(新潮社)、『自死は、向き合える』(岩波ブックレット)、『児童虐待から考える 社会は家族に何を強いてきたか』(朝日新聞出版)など。