この連作で象徴的に使われるモノが“鍵”だ。
「いろんなところにちょっとずつ出していますね。鍵は大事なものですし、たとえその家がなくなっても思い出となるものです。八重がひ孫の千夏に鍵を渡す場面は、部屋を譲るとともにバトンを渡したという気持ちも含まれています」
千夏は代官山アパートの最後の住人となり、建物の解体を見届ける。
「この出来事が起こる2年前には阪神・淡路大震災が発生しています。代官山アパートは、関東大震災の復興として生まれ、戦争を経て、この時期に役割を終えたわけです。ほかの同潤会アパートも前後して解体されていますね」
いつの時代にもある家族の物語を書きたかったと、三上さん。
「読者には、自分の家族や一緒に住んできた家のことと重ねて読んでもらえたらと思います。自分と似ているところを見つけて、思い思いに楽しんでもらえたらと思います」
ライターは見た!著者の素顔
デビュー前には古書店に勤めていたこともある三上さん。「古本は前の持ち主の痕跡が感じられるのが楽しいですね。古い児童雑誌を買うときは、あえて落書きがあるものを選びます(笑)」。本好きにとっては増えていく本の置き場所が悩みどころだ。「最近、自宅に書庫をつくりました。家族とはここから外には本をはみ出させないと約束したんですが、いまからちょっと不安です」と苦笑いする。本は三上さんの生きがいであり、創作の原動力でもあるのだ。
PROFILE●みかみ・えん●1971年、神奈川県生まれ。大学卒業後、レコード店、古書店勤務を経て、2002年、『ダーク・バイオレッツ』でデビュー。’11年から刊行が始まった『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズがベストセラーに。ほかの著書に『江ノ島西浦写真館』などがある
(取材・文/南陀楼綾繁)