娘のマリエさんは当時の不安をこう振り返る。
「父は家族に当たるようなことはなかったですね。全部ひとりで抱え込もうとしていました。心配ですが、自分にできること、家を救うほどの力もなくて、父に頼らなければいけない。父が希望的観測を言うと、大丈夫だと思えるけど、そうかな、やっぱり不安だという自分もいました」
マリエさんは、魔夜さんを病院に連れ出した。精密検査の結果は、γ-GTPの値が1230。とんでもない数値が出た。基準値は2ケタだ。それまでも何度か病院に行っていたが、大した異常は見つからず、魔夜さんは「ほら、大丈夫だろ」と言っていた。
しかし、今度は言い訳ができない。医者には「どうせ治らないに決まっている」と言われた。その決めつけが、魔夜さんに火をつけた。漫画家が締め切りを守らないなら、自分は守ってやろうと決心したときと同じだ。
だが、ここで断酒しなかったのは魔夜さんらしい。
「酒をやめるって選択肢はなかったですね。控えようとは思いましたけど。今もそれなりに飲んでますが、正常値ですよ」
復活への道
そして、冬の時代真っただ中、うれしいニュースが舞い込む。ネットを中心に水面下で魔夜さんの過去作品が話題を集め、『パタリロ!』の舞台化が決まったのだ。
小林監督は、初めて魔夜さんに会った夜をこう語る。
「ご自宅近くの喫茶店でお目にかかったんです。10分くらいしゃべったあとでワインを飲み出して。舞台の内容そっちのけで、ぐだぐだとどうでもいい話をしました。そのときからサングラスにタバコで、ジッポをパカーンと開けて、カッコいいんですよ。かたわらに綺麗な奥さんがいて、すごくチャーミングなご夫婦だと思いました」
そこには芳実さんの助言があった。
「当時、夫は体調が悪くてヘロヘロになっているころでしたが、私と娘で、“魔夜峰央としての正装、黒いスーツを着てサングラスをつけて行ってください”ってお願いしたんです。襟を正して、敬意を示して、お願いしますって気持ちでって」
漫画家に限らず、酒に溺れて人生を狂わせ、浮上できない人は多い。魔夜さんはなぜ奇跡の復活を遂げたのか。
「環境を打破するっていう考え方ではなく、耐え忍ぶ。とりあえず、立ち止まる。転げ落ちる前にしがみついて、上がれなくてもいいから、下がらないようにするんです。精神的にも経済的にも。それに、試練は神の思し召しですから」