障害者枠で働き始めるも“超ブラック職場”
母の死から1年後、彼は障害者枠を活用し、自転車で通える郵便局で働き始めた。ところが超ブラック職場だった。
「自爆営業が大変だった。盆暮れ、クリスマス、ハロウィンにも郵便局で販売されるものを買わなければいけない。年賀状は1500枚買わされる。しかも毎月、郵便貯金もしなくてはいけない。僕の年収なんて100万円程度なのに、毎月自爆が11万。おかしいでしょ。就労支援センターに訴えたけど埒が明かない。上司には“具合が悪ければ薬を倍飲めばいい”と言われました。実際、薬の量が2倍くらいに増えていったんです」
父が生活費を補填してくれたが、そういう問題ではない。職場での評価が高く、がんばらなければと思っていた。そんな彼につけこんで自爆営業は増えていった。だが、無理は心身を蝕んでいく。
「34歳の誕生日、大量に薬を飲んで自殺を図ったんですが、のどにつかえてあえなく未遂。その数年後もまた職場で追いつめられて電車に飛び込もうとしたけどできなかった」
とうとう5年間、週5日きちんと勤めた郵便局をやめた。7回請求しても離職票を出してもらえず、就労支援センターから働きかけてもらってようやく出たという。障害者枠で働く実態は過酷である。
ひきこもりを公言し選挙にも出馬!
それから放送大学に入学して勉強したり、ひきこもりの仲間たちと会合を開いたり、『HIKIPOS』という雑誌に原稿を書いたりしている。父親が定年退職して故郷の秋田県に移り住んでいたので、今はひとり暮らしだ。
「ひとりでいると、昔から知っている地元のおじちゃん、おばちゃんが声をかけてくれるようになって、だんだん地域と連携ができてきました」
積極的に近所の草むしりに参加し、自治会でも発言した。自爆営業に苦しめられながらも5年間、きちんと働いたことが彼の自信につながったのかもしれない。2017年には地元・埼玉県入間市の市議選挙にも出馬した。
「世の中を変えたいと思ったんです。結果、落選でしたけど、ひきこもりについての見方が変わったとか応援するよと言ってくれた人がいたのは大きかった」
彼は今、留学する準備をしている。英語を身につけ、もっと自分から発信できる人間になろうとしているのだ。
「KKOにはなりたくない。キモくてきたないオッサン(笑)。そのために人と関わりながら勉強して、失われた20年を取り戻したいんです」
昨年末、彼はクリスマスパーティーだの地元自治会の忘年会だのと非常にリア充な日々を送っていた。だが、そうやって人と濃厚に接すると、疲れ果ててしまうこともあるそうだ。
それでも彼は人と会う。
「人薬というのかな。人と会うことで何かが変わるんです」
彼は自分の手で、新たな扉を確実に開いたのだ。
【文/亀山早苗(ノンフィクションライター)】
かめやまさなえ◎1960年、東京生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、また、女性や子どもの貧困、熊本地震など、幅広くノンフィクションを執筆