ティーン誌を舞台に人間模様が繰り広げられる『リバース&リバース』、中学生男子の感情の機微を描いた『青春のジョーカー』など、1作ごとに作風を広げている奥田亜希子さん。

 最新作『魔法がとけたあとも』は、つわりのつらさや健康診断の要再検査に直面したときの動揺、顔のホクロに対するコンプレックスなど、身体に生じるさまざまな変化とその先に見える景色を描いた5つの物語が収録されている短編集だ。

子育ての愚痴を言えない世の中

「私には小学校2年生の娘がいるのですが、実家は遠く、夫は仕事で朝が早くて夜は遅いため、平日の家事と育児はほぼ私ひとりにかかってくるんですね。娘は6歳ごろまで夜中に1度、目を覚ますクセがあり、そのたびに娘のそばにいなければならず、心身ともにきつかったです。

 その一方で世の中には、“子どもはかわいいんだけどね”ってエクスキューズを入れないと、お母さんが子育ての愚痴を言えないような雰囲気があるようにも感じていました。私は、子育てや妊娠生活のつらさと、子どもへの愛情というのは別のものだと思うんです

 こうしたテーマを反映して書かれた作品が、本書の1編目に収録されている『理想のいれもの』。妊娠を機に匂いに敏感になり、積極的にとれる食品が炭酸水のみになってしまった志摩が主人公の物語だ。「つわりは赤ん坊が元気な印だから」など、夫や両親や親族は志摩をいたわるような言葉をかける。だが、どの言葉も志摩の心には届かない。

「妊娠は病気ではないことを志摩はよくわかっているはずです。でも、四六時中、重い吐き気があるのは本当につらいことだと思いますから。その部分だけを切り取って、“大変だね”と言ってほしかったんじゃないかなと思うんです」

 志摩は里帰り中、弟の部屋でシチュエーションCDを見つけた。シチュエーションCDとは、人気男性声優によるさまざまなシチュエーションに沿った演技が収録されているもので、聴き手の女性を交えながら進行していく。志摩は、「おまえは本当によく頑張っているよ」といったシチュエーションCDのセリフに癒され、ハマっていく。

「声優さんが聴き手に語りかけてくれるようなCDがあることを知り、すごい発明だと思いました。聴き手側のキャラクターが作り込まれていないので、聴いていると自分のことをすべて肯定してもらえるような気持ちになりますし、癒される感じはここからくるのかなあと」

 収録されている5つの作品のうち、いちばんスラスラと書けたのは、シングルマザーの敦子と14歳の息子との関係を描いた『彼方のアイドル』だという。

「担当編集さんから、“自分の白髪が目立つころに、息子にヒゲが生えてくる”という話を聞いたんです。男性はある程度の年齢になるとヒゲが生えるものですが、男性アイドルというのは基本的にヒゲを隠しているような気がするんですね。ですから、息子のヒゲの話にアイドルをのせたらおもしろいのではないかと思いました」