ただ、もともと『笑点』はそういう番組ではありませんでした。初代司会者だった立川談志は『笑点』を「大人の笑い」を提供する番組にしようと考えていました。大喜利でも自身が好むようなブラックユーモアを軸にしていました。
「なぜ飲酒運転をしてはいけないのか」
「ひいたときに充実感がないから」
談志はこのような刺激の強い大人向けのジョークを得意としていて、番組でもそういう種類の笑いを推進していました。しかし、番組の方向性をめぐってレギュラーメンバーと対立してしまい、彼らが全員降板することになりました。
その後、談志は司会を降りて、前田武彦が2代目司会者になりました。談志がいなくなってから、『笑点』では穏やかな笑いが求められるようになり、だんだん今の形に落ち着いていきました。
「キャラ」が生み出す独自の魅力
『笑点』の大喜利のもう1つの特徴は、メンバーの「キャラ」が立っているということです。
おバカキャラの林家木久扇、腹黒キャラの三遊亭円楽など、レギュラーメンバーはそれぞれが個性的なキャラを備えていて、それを生かした回答をしていきます。回答者同士が相手をネタにしてみせるのも、それぞれのキャラがあるからこそ面白いのです。
ただ、これらのキャラは初めから存在していたものではありません。もともと落語というのは1人で高座に上がる芸能であり、バラエティー番組に出ている「ひな壇芸人」のように、目立つためのキャラを立てる必要はなかったからです。
彼らのキャラはあくまでも、大喜利のやり取りの中で自然発生的に生まれているのです。ある回答者が別の誰かのことをイジってみせると、相手も負けじと言い返してきたりします。この言い合いがエスカレートしていくうちに、それぞれのキャラが作られ、次第に定着していくのです。
フジテレビでは、ダウンタウンの松本人志をチェアマンとする『IPPONグランプリ』という大喜利番組がありますが、そこで行われている大喜利は『笑点』とはだいぶ違います。『IPPONグランプリ』は採点のシステムがより厳密であり、スポーツのような感覚で勝敗を楽しむことができます。いわば、『IPPONグランプリ』は競技としての大喜利を見せている番組なのです。
一方、『笑点』の大喜利はそうではありません。座布団を与えるかどうかは司会者の一存に委ねられているし、ときには座布団運びの山田隆夫が勝手に座布団を奪っていくことすらあります。『笑点』はあくまでもそれぞれのキャラから生まれる笑いを楽しむ番組であり、大喜利はそのための舞台装置にすぎないのです。
それぞれのキャラが固まっているので、毎回お題が変わっても回答の方向性はあまり変わりません。だから、いつ見ても同じように楽しむことができるのです。
『笑点』は年配層向けの番組だと思われることが多いのですが、実は子どもに愛されている番組でもあります。番組で提供されている笑いの健全さとわかりやすさがその人気の秘密でしょう。『笑点』が今でも多くの視聴者に愛されているのは、半世紀以上も貫いている「大いなるマンネリ」の美学があるからなのです。
ラリー遠田(らりーとおだ)◎作家・ライター、お笑い評論家 主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)など著書多数。