何もできない自分に絶望する日々だった。アルバイトをしようとしても、周囲の人たちの「使えないやつ」という視線を思い出すと不安が先に立って、社会に出るのが怖くてたまらなかった。その恐怖は今もある。だから一般的な意味での「仕事をする」という選択肢は彼にはない。
「本当はみんなと同じように働きたい。でも働けないというのが正直なところです。僕が社会に出たころはもうバブルが弾けていて、すでに労働環境は劣悪でした。30数か所もアルバイトを転々として、“いやなら辞めろ”“代わりはいくらでもいる”と言われ続けて……。自分に合う仕事も、合う職場も見つけることができなかった。働く気はあっても、働くのが怖いし向いていないと思っています」
それでも「誰かの役に立ちたい、何かの役に立ちたい」という気持ちは強い。たまたま森林伐採やフードロスなどの問題に興味があったので、ボランティア団体で活動を始めた。そして同じ団体でボランティアをしていた、のちに妻となる女性と出会うのである。
フラれる覚悟でひきこもりを告白
20代のころから彼は、恋愛は「それなりに」してきたという。同年代の女性と長年付き合っていたこともあるし、ひと回り年上のシングルマザーと付き合ったこともある。ただ、ボランティア団体で知り合った年下の彼女は、今までの恋人とは違っていた。
「彼女のほうが積極的だったんですよ。お弁当を作るから山登りに行こうとか、海を見に行こうとか誘ってくる。僕は彼女の笑顔を見たくて応じていました。最初は仕事もせずにひきこもっていることを隠していたんです。契約社員でシフト制の仕事をしていると言っていた。
だけど、2年くらい付き合っているうちに、お金はないし妙な時間に電話に出たりするので不審がられて。フラレてもしかたがないと覚悟して正直に話したら、彼女は理解してくれました」
彼女はフルタイムで働く正社員。おそらくいろいろ考えを巡らせたことだろう。正直に話してから数年後、彼女から結婚したいと言われた。
「あなたは今のままで何も変えなくていいからって。別居でいいし、会えるときに会えばそれでいいって。最初はびっくりしました。そんな結婚ってあるのか、それでいいのか、と。“私が結婚指輪を買うし、結婚式の費用も全部出す”と。僕が言うのもヘンだけど、とことん好きになったそうです(笑)」
最後のひと言は言いにくそうに照れながら言葉を絞り出した。その笑顔がタレントの井ノ原快彦さんに似ている。「イノッチに似てるって言われませんか?」と思わず口にすると、ときどき言われると、また照れた。
彼は終始、落ち着いた口調で話す。不快な表情を見せることもないし、自分のことを話しながら、いつしか私自身の話も引き出してしまう。何でも聞いてくれると思わせる穏やかなオーラを放っているのだ。
思わず「ホストになったらモテそう」と本音を吐露してしまい、彼も笑顔でやり過ごしてくれたのだが、あとから聞くと、「酒が弱い、ノリが悪い、仲間とうまくやっていけない、夜の歓楽街が怖い」と自己分析、即座に「ホストは無理だ」と思っていたそうだ。無意味に彼を傷つけてしまったと後悔し、謝ると「イケメンだと思ってくれたのかとちょっとうれしかったですよ」と返してくれた。心根の優しい人なのである。妻となった彼女が、彼を本気で愛し、彼を必要としている気持ちがわかる気がした。