「泣くときには、しっかり泣こうや」

 

 『いまの自分へ

 

 つらい時こそ

 胸を張れ 

 顔を上げろ

 そして 笑え!

 明日の笑顔へ

 笑っても一日

 泣いても一日

 だったら

 笑って過ごそう

 

 この詩が教室で発表されたとき、刑務所の教官はすかさず、「なぁ、人間、下を向きたい日もあるさ。泣くときには、しっかり泣こうや」と言った。まずそう言っておかないと、詩の教室の仲間たちが「そのとおりだと思います」「ぼくもそうしたいです」と次々に称賛の声を上げ、「男らしさの神話」を強化してしまうからだ。いいことを書いたから、ほめてもらえると期待していた作者は、肩すかしを食らって、ぽかんとしていた。

 人間、無理に笑っても苦しくなるばかりだ。「歯を食いしばって笑う」なんてことが、できるわけがない。無理に笑顔をつくることで、彼らは自分自身の感情を失っていく。やがて、自分がほんとうは何を感じているのかさえ、わからなくなってしまうのだ。

 そんな彼らが、ぶすっと不機嫌そうな顔をしたり、ピンと伸びていた背筋がぐにゃりと曲がったり、うとうとし始めることがある。すると、教官や私たちは、あとで「見た? あの子、きょう、居眠りしてたよ!」と喜ぶのだ。それは、彼らが鎧(よろい)を脱ぎ、心を開いて、自分らしい自分を開示する予兆だからだ。すると、次にはこんな詩を書いてくる。

 

 『自分

 

 プライドや面子のために 自分を痛めつけ

 日々 折れそうになるのを 怒りでごまかす

 俺 何しとるねん……

 弱い自分、小さい自分を素直に受けいれ

 自分らしく 自分の道を歩きたい

 自分を思ってくれるすべての人のために

 

 男だって泣いてもいい、弱音を吐いてもいい、強くなくてもいい、と自分を許すことができてはじめて、「ほんとうの自分」を解放できる。大切なのは外側から押しつけられた「男らしさ」や「女らしさ」ではなく、内側から湧きあがる「自分らしさ」だ

「かくあるべき」の縛りを、ひとつでも多く取り払ってあげることが、彼らを楽にしてあげることだ。気持ちが楽になれば、心の扉を開くことができるようになる。無理な笑顔ではなく、自然な笑顔もこぼれてくる。そうすれば、人とつながれる。虚勢を張ったり、無理をしなくても、世界がありのままの自分を受け入れてくれることを知る。

 自分と世界に対して「条件つき自信」ではなく「根源的自信」を育み始めるのだ。その結果、困ったときには、プライドなどかなぐり捨てて、素直に人に助けを求められるようにもなる。そうなってはじめて、再犯のリスクがグッと低くなる。

 結愛ちゃん虐殺事件は、父親が幼い娘に完璧さを求めず、自身も立派な父親であろうとしなければ防げただろうし、元高級官僚による息子の殺害事件も、もっと早く、父親が弱音を吐いて助けを求めることができたら、こんな結末にはならなかったはずだ。残念でならない。

 野矢茂樹さん(哲学者・立正大学文学部哲学科教授)が、書評集『そっとページをめくる──読むことと考えること』(岩波書店)で、それをこう表現してくれた。

『そっとページをめくる――読むことと考えること』(岩波書店)野矢茂樹=著 ※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします
【画像】椅子と机がきれいにならんでいる、受刑者たちのクラブ活動室など

《おとぎ話とは逆に、がんばって王子のふりをしようとしてきた自分がほんとうはカエルだったとしても、その姿を受け止めてもらえたならば、私は安心してカエルでいられるだろう。だが、それがどれほど難しいことか。奈良少年刑務所で起きたことは、著者は奇跡ではないと言うけれど、私にはやはり奇跡のように思われる》

 拙著『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』への書評だ。重ねて言おう。これは奇跡ではない。誰もがちょっとしたきっかけで鎧を脱げるはずだ。少年たちは、目の前で王子さまの鎧を脱ぎ、それぞれの姿に戻っていった。それは千差万別ででありながら、一様に愛らしかった。世界から受け入れられるために、理想の王子や勇者に変身する必要はない。本来の自分に戻ればいいのだ。ありのままの自分を受け入れられれば、世界はきっといまよりずっとやさしい場所になるだろう。

『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』
寮美千子=著 西日本出版社
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PROFILE
●寮 美千子(りょう・みちこ)●作家。東京生まれ。 2005年の泉鏡花文学賞受賞を機に翌年、奈良に転居。2007年から奈良少年刑務所で、夫の松永洋介とともに「社会性涵養プログラム」の講師として詩の教室を担当。その成果を『空が青いから白をえらんだのです 
奈良少年刑務所詩集』(新潮文庫)と、続編『世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集』(ロクリン社)として上梓(じょうし)。『写真集 美しい刑務所 明治の名煉瓦建築 奈良少年刑務所』(西日本出版社)の編集と文を担当。絵本『奈良監獄物語 若かった明治日本が夢みたもの』(小学館)発売中。ノンフィクション『あふれでたのは やさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』(西日本出版社)が大きな話題になっている。