テレビに対する執着心は何もない
小森「当時は私みたいなギャルが物珍しかったのか、とりあえず“ぶっちゃけ〜”っていっとけば、周りが笑ってくれた。“ぶっちゃけ”って言葉だけで大人が笑うんだみたいな。すごい不思議な世界だなって。“彼氏と音信不通”と言ってみたら“音信不通”という言葉がテロップになってスタジオが大爆笑に包まれてたし」
しげる「“彼氏と音信不通”って、普通に友だちとの会話で出てくる言葉だもんね。それがなんでこんな盛り上がるの? って話でしょ? でもテレビ的にはその“ぶっちゃけキャラ”がウケていたわけだよね。それまでは誰が見ても彼氏いるだろう、って子が“え? いません!”とか言ってて、それが予定調和みたいな時代でもあったよね」
小森「あ~! いたよね。あれはもうお仕事だから。かわいそうだなぁ」
しげる「あの頃から、視聴者もそういった『嘘』や『隠し事』に見飽きるようになってきていたから、“潔さ”がウケるようになってきたんだろうね」
小森「当時の読モはラッキーだったんじゃないかな。それが許されていたっていうのは」
しげる「そうね~!『ぶっちゃけトーク』で面白いし、隠すことなく、何でもハッキリと言っちゃう人が登場することが当時は新鮮だったんだと思う」
小森「でも当初は緊張もしたし、何をして良いかもわからなくなって泣きそうになって事務所の社長に“私は別にテレビに出たいわけじゃない!”って泣きついたこともあったよ。普段の自分が出せるわけじゃないし。
そしたら社長が“やりたいことをやりなさい。思ったことをいってきなさい。何になっても良いから、自分が思うことをいってきなさい”っていってくれて。そこで楽になって“今まで通りでいいんだ!”って」
しげる「素敵な社長さんね」
小森「そう。海外のロケ行った時に『お土産を買いましょう』ってコーナーになって、目の前にTバックがあったの。それをデニムの上から履いて、“こんなんだったらケツ毛出ねぇ?”とか“毛まみれなんですけど!”とか言いまくってて。深夜番組で(笑)」
しげる「深夜だからアリだったのよね(笑)」
小森「結局それを“アナウンサーにプライベートで履いて欲しい”っていうので持って帰ってきて──。その番組を『サンデージャポン』のスタッフが見ててくれたみたいで、“あのギャルバカなんじゃないの”みたいな。“あのギャルヤバイっぽいよ”みたいな。で、『サンジャポ』に呼ばれてウワーッと世間に認知されるようになったの」
しげる「なるほど~! 自分で思うブレイクのスタートはそこだったんだネッ! でもほんと純ちゃんってどの番組でも素のまんまだったよね」
小森「現場でもワガママだったよ。やりたくないことは“やりたくない、聞いてない!無理!”って。例えば“バンジージャンプ飛びなさい”って、急に言われて、“ヤダヤダやりたくない!”ってなったの。結局最後まで“何言ってんの?絶対やんねえ!”って。そこらへんはずっとギャルのままだった。そこに“私が飛びます! 逆に飛ばせてください!”って言ってたのが手島優(笑)」
しげる「(笑) そんななかで、あの騒動('12年、ネットオークションの詐欺事件に加担したとして、多くの芸能人が巻き込まれた“ペニオク騒動”)が起こったわけだ。あれから、ここ何年はテレビはあんまり出てないよね?」
小森「うん。だって呼ばれてないもん」
しげる「(笑)それじゃあ、テレビから呼ばれたら出演する? それともテレビはもういいや! って感じかしら?」
小森「別にどっちでもない! 何に対しても執着ないんじゃない? 不思議なことに」
しげる「今?」
小森「昔から。テレビに対しての執着心は申し訳ないけど何もない! だって仕事はなくなるものと思ってやってたの。だって、遡(さかのぼ)ってもそうじゃん? ずっと継続して活躍している人なんて本当にひと握りってことでしょ? で、そういう人たちってのはやっぱり才能があったし、私にはないものだった。だから自分がそこに行けるものだなんて思ってもなかったから“いつか消える”ってずーっと言ってた。だから当時のマネージャーさんとかとは“消えるまで楽しもう”っていってた」
しげる「へーーー! そんな分析してたんだぁ~。そこは純ちゃんの潔さっていうのかな。世間というか、世の中の流れって残酷だなって思うときあるよね。いい時は盛り上げて、ダメなときは消え去っていく。一般人でも、大きな会社を辞めたら、今まで仲よくしていた人が急に、消え去っていったみたいな感じよ!」
小森「“消える”っていうか、私が何となく最近感じるのは、“そういう社会なだけ”って気がする。でも、ある意味、私はそういう商売なんじゃないかな? って思うな」