「警視庁捜査一課です」
インターフォンのモニター画面には、そう勢いよく言った男性の姿が映し出されている。続けて警察手帳を広げて見せた。
「上智大生殺害事件の捜査でうかがいました」
水面下で捜査続行
今年9月下旬のある日曜日。都内のマンションにいた私は、朝っぱらから何事かと思い、不審に感じてもう1度警察手帳を見せるよう求めた。だが、相手は確かに刑事のようだ。
ドアを開けると、眼鏡をかけた私服姿の刑事が立っていた。あらためて事情説明を受け、DNAサンプルの採取に協力を求められた。
「任意ですか? お断りするとどうなりますか?」
試しにそう尋ねると、刑事は答えた。
「断っていただいても大丈夫ですけど、そうすると今度は水谷さんの周りの方々にご迷惑がかかってしまいます。例えばご友人や知人の方々に、『水谷さんはどんな方ですか?』とお聞きすることになりますから」
DNA採取キットを渡され、指示されるままに協力をした。
被害者は小林順子さん(当時21歳)。上智大学外国語学部英語学科の4年生で、面識はないが、私の2年先輩に当たる。東南アジアの地域研究をするゼミも同じ教授だったことから、私にも捜査の範囲が及んだとみられる。
日本国内で発生した未解決事件で、水面下で捜査が行われる現場を目の当たりにしたのは、後にも先にもこのときが初めて。
順子さんの事件は発生から23年が経過していただけに、「まだ捜査を続行していたのか」と驚いたのが、正直な感想だった。
京成電鉄金町線の柴又駅を降りると、映画『男はつらいよ』の主人公、寅さんの銅像が現れる。その周りで、スマホを片手に自撮りを楽しむ観光客の姿が見られた。さらに50メートルほど進むと、柴又帝釈天の参道に差しかかり、手焼きせんべい、くず餅など、昔ながらの土産物店や飲食店が立ち並ぶ。
その一角から線路を挟んで反対側、ちょうど駅から北西に約250メートルの閑静な住宅街が、事件の現場だった。そこには現在、金町消防団第8分団格納庫が立ち、遺族の思いが託された「順子地蔵」が、手を合わせて見守っている。