犯人と断定できず
タイのソムサック法相は10月半ばに首都バンコクで開いた記者会見で、「事件発生時に現場近くにいたタイ人男性が、事件に関与した可能性を示す情報が寄せられた」と明らかにした。
情報によると、男性は当時32歳で、現場から約1キロ離れた養豚場で働いていた。しかし、アルコールや薬物依存で精神的に不安定に陥り、数年前に別の事件に巻き込まれて死亡したという。
これを踏まえて法相は、智子さんの衣服に付着した血液と男性の親族のDNA型の照合を行うと表明した。
その鑑定結果は1か月後の11月半ばに発表され、ソムサック法相は会見で次のように述べた。
「男性が事件に関与したと断定することはできない」
説明によると、智子さんの衣服に付着した血液から検出されたDNA型の一部が男性の親族のものと一致したが、犯人と断定するまでには至らなかった。このため、引き続き別の鑑定方法やほかの物証も参考に捜査を続行する方針を示した。
発生以来、タイを9回訪問し、現場で献花を続けてきた智子さんの父、康明さん(71歳)にとっても、容疑者浮上には最初、複雑な気持ちを抱いた。
「今回の情報に一喜一憂することなく、周辺捜査を固めて確実に犯人へたどり着けるようお願いしたい」
ただ、鑑定結果発表の会見を聞いて以降は、仲間の戸惑いとは裏腹に、気持ちに変化が表れた。
「別の鑑定方法で捜査を続行するとのことで一生懸命、取り組んでいるように見える。事件解決に向けて進展しているという感触を得ています」
(取材・文/水谷竹秀)
【PROFILE】
水谷竹秀(みずたに・たけひで) ◎ノンフィクションライター。1975年三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業。カメラマンや新聞記者を経てフリーに。2011年『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で第9回開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『だから、居場所が欲しかった。 バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社文庫)など。