一方で、小川さん自身の評判は悪くなく、
「和男ちゃんは近所によくカップ麺やお菓子を差し入れるなど優しい性格だから、人から恨みを買うような人ではないですよ」
と近所の主婦。風変わりな趣味人としても知られ、
「若いころはバンドを組んでいて、多数のギターやベース、ドラムを所有。防音壁も自分で造っていた」
「和男ちゃんは昭和40年代に当時はまだ珍しかったラジコン飛行機を飛ばしていた」
「アマチュア無線をやっていて、アンテナをいくつも立てていた。本人は“オレは宇宙とも交信してるんだよ”と話し、電波が強すぎて警察から注意されたこともあるそう」
札束を見せるクセがあった
さらに、地元では“資産家”としても有名だった。
「ジュラルミンケースにぎっしり詰まった金を見せてね。焼き鳥店やキャバクラを経営して儲かったと。霊感があって競輪・競馬などのギャンブルでドーンと当たった、バブル期に株投資で稼いだとも言っていたね」(近所の住民)
しかし、小川さんの親族たちは一様に首をかしげる。
「確かに40年以上前から、札束を見せるクセはあった。でも、ずっと会社の配送部門で働いていたので、ギャンブルで一時的に大金が入ることはあっても、店の経営や投資はしていないのでは。
彼は茶目っ気がある人だったので、大金を見せて喜んでいたんでしょう。ずっと独身だったし、さまざまな趣味を次から次へと乗り換えて、道楽をしていた変わり者ですけどね、私にとっては」(小川さんのいとこ)
また、小川さんのめいは、
「お金のことは事件が起きて、初めて知りました。実家はもともと金持ちでもなんでもありません。15年前に(小川さんの)母親、30年前に父親が亡くなりましたが豪華ではなく、ごく普通の葬儀でした。
おじさんは楽しくひょうきんな性格だったので、みんなが驚く姿を見て、楽しんでいたのではないでしょうか」