口の悪い大人たちに憧れていた
主人公の少年・小武は、紋身街にある食堂の息子だ。彼の周囲には個性的な大人たちがいつもたむろしている。
美人女性彫り師のニン姐さん、金になるならどんな注文も引き受ける拝金主義者のケニー、商売っ気のない探偵の孤独さん、ヘタレなチンピラのアワビ。大人たちはずる賢かったり、平気でウソをついたりするけれど、少年に大切なことも教えてくれる。
「少年を主人公にしたのは、子どもが相手なら、周囲の人たちも大人同士では言えないことを駆け引きなしで語ってくれるんじゃないかと思ったから。子どものころの僕は小武ほどませていなかったけど(笑)、当時、身近にいた大人たちはやっぱり口がうまくて、子どもを気持ちよくだましてくれた。
そして、そんな口の悪い大人たちに僕は憧れていたように思います。子どもって、悪いことを教えてくれるような大人を好きになるじゃないですか。僕も小学生のころ、周りの大人たちがオートバイの運転を教えてくれたりしたなあ。まあ、何事もなかったからこうして話せるんですが(笑)」
少年が大人たちとの交流の中で、子どもながらに人生の喜びや哀しみを感じ取るエピソードは、どれも温かく切ない。そして文章の端々に、彼や周囲の人たちがやがてこの街を出ていくであろう未来が垣間見えて、それがまた郷愁を誘う。
「おそらく僕がこの小説で書きたかったのは、『自分が世界の中心だと信じていた小さな場所を、いずれ喪失しなくてはいけない』ということなのだと思います。
まだ子どもの小武にとって紋身街は世界のすべてですが、彼もいつかこの場所から出ていかなくてはいけない。彼の世界を構成する大切な人である彫り師たちも、やがてこの街を去るときが来る。それをあえて読者にはっきり伝わるように書きました。
僕が育った広州街も、かつては古い平屋が立ち並んでいましたが、再開発されて今はビルばかり。子ども時代の風景とは、似ても似つかぬ場所になってしまいました。だから僕も生まれ育った場所を喪失したという感覚はずっと持っている。心の中にはずっと、当時の台湾に対するノスタルジーがあるように思います」