もちろん「何も起こらない」ことこそあの映画のポイントだ。辛抱強く最後まで見れば、「優れた映画だった」という評価になる。

 一方で『パラサイト』は、最初からテンポが良く、飽きさせることがない。そして最後には、良い意味で、最初に想像していたものと全然違う映画だったのだとわかる。その意外性と衝撃が、強く心に残るのだ。格差や不平等というタイムリーな要素をもちながら決して説教くさくならないのも強みだといえるだろう。

 だからといって、アカデミー会員の大多数がこれを1番気に入ったということは、意味しない。作品部門に関してのみ、アカデミーは候補作全部に順番をつける投票方式を採用している。1番に入れた人が最も少ない候補作を排除し、排除された作品を1番に入れた人の票は、次のラウンドで2番目を1番に繰り上げるというのを繰り返す。これは、「最高」と言う人と同じくらい「あれのどこが良いのか」と言う人もいる作品には、不利なやり方である。

最も多くの人に支持された作品

 つまり『パラサイト』は、今回の候補作9本の中で、最も多くの人が「あれは、まあ良かったよね」と思った映画だったのである。受賞の理由は、何をおいてもまず、作品の力のおかげなのだ。

 しかし、賞は作品の力だけで取れるものではなく、タイミング、ほかの候補作など、「運」の要素も必要となる。今回はそれらがすべて揃い、さらに、もうひとつの要素「努力」も兼ね備えていた。ハリウッド映画ほどキャンペーンにお金をかけられない中、ポン・ジュノはこのアワードシーズン、せっせと投票者向けの試写会などにも顔を出している。また、ゴールデン・グローブや映画俳優組合(SAG)賞など授賞式では、心に残るスピーチをして人々を惹きつけ続けた。それら全部が、実を結んだのだ。

 そんな一大事業を終えたポン・ジュノは、昨夜の受賞スピーチで、「朝まで飲むぞ」と語っている。目が覚めた後、彼はあらためて自分の達成したことの大きさを実感したのではないか。同じようにアカデミーも、自分たちのやったことのすばらしさに満足しているに違いない。チャンが言ったように、彼らはポン・ジュノ以上にこの賞を必要としていたのだ。歴史を良い方向に変えてくれたこの両者に対し、映画ファンとしても心から祝福を送りたいと思う。


猿渡 由紀(さるわたり ゆき)◎L.A.在住映画ジャーナリスト 神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。