淫行処罰が争われた裁判で無罪になったケースは、この事件を含めて2件だけ。三枝教授はこう指摘する。
「多くの場合は罰金刑や示談交渉で終わり、検挙されても裁判は行われないため、事件が表面化しません。“真摯な交際”をどうやって判断したのか公にならず、その基準は曖昧(あいまい)なままです」
セックスするのは、性的欲望を満たすためなのか、付き合っているからなのか。それが“真摯な交際”かどうかの分かれ目になるというが、肝心の判断基準が曖昧なままでは、明確な線引きは難しい。
「原則的に真摯な交際かどうかは警察が判断しています」
寂しい子どもたちの被害をなくせるのか
警察庁によると、SNSに起因する青少年の性被害の件数は年々、増加傾向にある。最も多いのはページ下部の表が示すとおり、条例違反のケースだ。
首都圏在住の、高校生のミナミさん(17=仮名)は、条例違反の疑いで警察に補導されたことがある。
「ツイッターで知り合った30代の男性とラブホテルでエッチをしました。でも、援助交際ではないですよ」
お金のやりとりがあれば「児童買春」だが、そうではないため、都の青少年健全育成条例違反(淫行)で男は逮捕された。条文にはこうある。
《何人も、青少年とみだらな性交または性交類似行為を行ってはならない》
東京都が淫行規定を制定したのは'05年。違反すると2年以下の懲役または100万円の罰金刑が科される。
一方、ミナミさんは「非行のおそれがある」として、児童相談所に保護された。
「児相のカウンセラーは丁寧に話を聞いてくれました。両親が離婚し、父親と一緒に暮らしていますが、私は父から殴られていたんです」
ミナミさんのように、見知らぬ相手との出会いを求める少女たちは、何かしら寂しさを抱えていることが多い。
NPO法人『若者メンタルサポート協会』で相談員をしている竹田淳子さんは、性被害を受けた女性たちの話に耳を傾けてきた。自身は10代で結婚、20代で出産。違法薬物に手を出し、刑務所に入っていたこともある。女性受刑者の出所者支援に取り組むほか、未成年を対象に24時間のLINE相談も受けている。
「真摯な交際を測るメーターはありません。親に紹介できるかどうかがひとつの基準でしょうが、大人はうまくごまかせます。人の気持ちは変わるものです。どの時点かにもよりますし」(竹田さん)
府の条例改正案は、SNSに起因する性被害をなくそうとするものだが、竹田さんはこう疑問を投げかける。
「大人と青少年との間にも真摯な交際が成り立つでしょうし、取り締まりは間違っていると思います。完全に性被害をなくしたいなら、SNSを使えないようにするしかないけれど、無理があります。出会いを求める子たちは寂しいんです。親や先生たちが話を聞いてくれない。周囲に信用できる大人がいれば、SNSに相談や救いを求めません」
規制強化だけでは問題を解決できない。大阪府としても、「規制ありきではなく、(家庭環境などの背景に要因がある青少年への)ケアや相談窓口の充実、教育や啓発をすることも必要との意見が府の審議会でありました」(青少年課)とする。
条例で“真摯な交際”かどうかを問う前に、子どもたちのSOSを真摯に聞き取り、学校や家庭などの環境を把握し、改善していくことが求められるのではないだろうか。
《都道府県別・淫行条例の要件》
・「威迫」「あざむき」「困惑」が要件……大阪、千葉、長野、三重
・「利益供与」「金銭を渡すなどの約束」が要件……京都、山口
・特に限定なく「淫行またはわいせつ行為」を処罰……上記以外の地域
(取材・文/渋井哲也)
渋井哲也 ◎フリーライター。長野日報を経てフリー。自殺や自傷、いじめ、依存症など若者の生きづらさを中心に執筆。東日本大震災の被災地でも取材を重ねている。近著に『ルポ 平成ネット犯罪』(ちくま新書)