「母は、永遠のライバル」

 現在、自身が母になったことで、母親という存在への向き合い方も変わってきた。

私が3歳のころ、母と姉とでディズニーランドへ行った写真が今も残っています。その時の母は娘2人を連れているにも関わらず、女優然としたオシャレをし、“女性”としての美しさをしっかりアピールしていました。かたや私は子育てに追われ、リュックを背に髪を振り回し、スッピンで走り回る毎日……。歳を重ねるたびに私と母の似ている部分が増えていったのですが、女性としては確実に負けていると思いました。キレイでしたし、“女の部分”では、もう何をやっても敵わないなと

 そこで井上は唯一、“母親の部分”で、母に絶対に勝とうと決意した。母が料理だけはあまり得意ではなかったからだ。

私にとって母は、永遠のライバル。亡くなった今でも、こうやって母と張り合っている自分がいます

ライバルである母に“母親”としては勝ちたい。「とはいえ、完璧には出来ないんですけど」と謙遜もするが、これが、彼女が家事・子育てに力を注ぎたい理由だ。

振り返ると、20代~30代……とくに30代はもがき苦しんでいた時代だったと思います。私は周囲と自分とを比べてしまう一面もあり、芸能界をやめようと思ったことも何度もありました。でも悪いことばかりじゃなかった。コンプレックスだった大きい胸も、厚い唇も、──これは事務所の社長が言ってくれたのですが“コンプレックスというのは人と違う部分ということ。その『違い』がいいんだよ”と。そんな周囲の温かい言葉に励まされて今までやって来られたように思います。

 そして私も40歳。老いることには抗えませんし、抵抗は当然あります。ですが逆に、これからはもう、肩肘を張って生きることもないという予感もあるんです。自然体のまま、自分の決めた道を歩んでいく──。40代が、私の人生のなかで一番楽しかったと言えるよう、健やかに過ごせれば

 母への憧れから始まり、歩んできた女優という“夢”。もがきあがいた時代を乗り越え40代。母親として、そして女優・タレントとして、彼女は心にある“母の姿”とともに、これからも自分の人生を歩んでいくのだろう。

(構成・文/衣輪晋一)