「母」を選んだら「父」を勧められ……
美玖さん(仮名)のケース

「実際には選べない状況だったのに、形だけ聞かれたのが嫌だった」という人も、ときどきいます。

 美玖さん(仮名)は、幼少期は母親から、小学生のころからは両方の親から、暴力を受けてきました。一度は学校からの通告で、児童相談所に保護されたこともあります。

 彼女の姉には障害があり、母親は常に「自分がちゃんと子育てをしなければ」というプレッシャーを感じていたらしく、アルコール依存の傾向もありました。一方、大手企業に勤める父親は、美玖さんが小さいころから浮気を重ねていたそう。

 小学校に入る前のことです。母親が姉に向かって、「どっちの味方につくの?」と尋ねたところ、姉は「お父さん」と答えました。当時、子どもたちに暴力をふるうのは母親だけでしたから、当然の答えです。

 しかし、次に「どっち?」と聞かれた美玖さんに、選択肢はありませんでした。姉がお父さんと答えたら、自分はお母さんと答えざるを得ない。2人とも父親と答えれば、母親がどう感じるか、わからないはずがありません。現実には、選べない事柄だったのです。

 実際に両親が離婚することになったのは、それから約10年後でした。中学生になっていた美玖さんは、それまでずっと母親を慰める役回りだったこともあり、母親についていくつもりでした。ところがこのときは母親のほうから、父親についていくようにと言われます。 

「私のほうに来ても、学費さえ出してあげられない。あんたにとって幸せな人生は送れないと思うよ」

 おそらくそれは事実だったでしょう。母親についていけば、美玖さんが経済的に苦労したことは間違いありません。ところが母親はそれを「皮肉たらしく」言ったため(父親に対して悔しさがあったのかもしれません)、美玖さんは「母は、私についてきてほしくないんだ」と受け止め、傷ついてしまいました。

大切なのは子どもが納得できること

 こんなふうに、一見、親が子どもの意見を尊重して選択肢を与えているように見えても、実際には子どもが選べない場合や、一度は選ばせてもあとで親がひっくり返すような場合には、子どもはむしろ傷ついてしまったりします。

 どちらの親のもとにいったほうが子どもによいか明らかな場合や、親同士で話がついている場合、あるいは子どもが気を遣って選べないような場合には、子どもにどうしたいか聞くよりも、親が判断したほうがいいケースもあるかもしれません。

 ただ、大切なのは子ども自身が納得できることです。大人たちがそのような判断をしたのは、子どもの利益を考えた結果であるということの説明は、忘れてはいけないように思います。