1度、声を失いかけた歌姫は独学でオリジナルの発声法を生み出した。小児病棟やホスピスに歌を届けながら、こだわり続けたプロになる夢―。「音楽は心のくすり」そう強く信じる彼女の歌声は、やさしい祈りに満ちていた。
歌手・堀澤麻衣子の半生について書かれた「人間ドキュメント」は、2018年の4月に掲載された。この記事は、彼女の大河ドラマ抜擢という近況を含めて新たにインタビューを行い、加筆して再構成したものである。
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麻衣子の声は熟成されたシャルドネのよう
1月から始まったNHK大河ドラマ『麒麟がくる』の劇中曲『美濃へ〜母なる大地』の中のフレーズだ。作詞と歌唱を担当した堀澤麻衣子(46)が詞に込めた思いをこう明かす。
「あの織田信長でさえ、舞を踊って心を落ち着けてから戦場に出向いたといわれています。戦国時代の英傑たちは、毎日が“死ぬか生きるか”の時代でした。いろんな葛藤を引きずりながら、国や人を守るために刀を抜かなきゃいけない武士たち。現代人も、武器こそないけれど、同じだと思うんです。みんな目には見えにくい闘いの日々を生き抜いている。だから、そんな方々に対しても、ふと休める時間を届けられれば、と思って歌詞を書き、歌いました」
『麒麟がくる』は、「本能寺の変」で織田信長を討ったとされる戦国時代の武将・明智光秀の生涯を、長谷川博己の主演で描く。
この大河ドラマの音楽担当は、米国人の作曲家ジョン・グラムさん。数多くのハリウッド映画音楽の編曲を手がけ、数々の映画、テレビドラマ、アニメ、ゲームの劇伴作曲家として知られる。
今回は、ドラマの壮大なテーマ曲、すべての劇中曲、さらにドラマ終了後に放映される「大河ドラマ紀行」の音楽も担当。そんなジョンさんのたっての希望で抜擢されたのが、堀澤だった。
ジョンさんには、戦国の時代を包み込むような優しい声を挿入したいという想いがあり、「麻衣子の声は熟成されたシャルドネのよう。自分の描く音楽に必要だ」とオファーされたのだ。
「以前『ファイナルファンタジー15』の映画版でジョンさんと仕事をご一緒したんです。そのときの私の声を覚えてくれていて、指名してくださいました。
私はもともとオペラをやっていたのですが、作品によっては、ポップスでも、ジャズでもいろいろなジャンルの声を織り交ぜて歌います。高い音域ではオペラの声で、メインのメロディーではポップスの声でと、ひとりの声ではないような、幻想的な雰囲気を受け取っていただけるように、表現しました」
堀澤は、台本を読み込み、ときに撮影現場を訪れ、物語を深く理解していった。
「『旅へ』という曲では、堺の町の賑わっている市場のシーンで、ちょっと民謡的な歌い方をしたんですが、躍動的な雰囲気に仕上がっていてうれしかったですね」
堀澤は歌手をしながら、声とメンタルをトレーニングするスクール『Amato musica』の代表も務めている。
新年会で主演の長谷川博己に会った際、雑談の中でこんな話をしたという。
「ボイストレーニングに興味をお持ちとのことだったので、“武道式の発声法”について少しお話をさせていただきました。声をよくするには、身体の中心「丹田」で立つことが非常に大切です。立ち方を変えるだけで、身体の支え方が変わり、驚くほど声もよく出て、身体の使い方や立ち回りも変わります。呼吸も安定するし、心も身体も疲れにくくなるんです」
国立音楽大学声楽科を卒業後、声を失いかけたことを機に独自の発声法を研究。古武術を用いたレッスンで身体からアプローチして心まで変えていくオリジナルのメソッドを確立させた。のどや身体に負担をかけない発声法だ。