“おときさん、あなたでしょ”
そう言われている気がした
公演の2日後、加藤の事務所を訪れ、話を聞いた。
「この55周年の記念コンサートはやりたいと思っていたものだったんですが、開催を決断したのは5月26日でした」
東京で、緊急事態宣言が解除された翌日だ。
「その前はずっと“難しいかな”と思っていました。ただ無理だったとしても、無観客でもオーチャードでやろうと計画しておりまして。でも『新型コロナウイルス感染症を乗り越えるためのロードマップ』が発表になり、(ステップ3で)客席50%、1000人までならやってよろしい、と。もう、神の声かと思いました。“おときさん、あなたでしょ”って言われているような気がして(笑)。即、決断したんですよ」
6月12日、ステップ3に移行。勝機が見えた。
「準備の時間が少なくて、本当に大変でした。オーチャードホールのチケットカウンターも閉じていましたし。でも、みなさんにお知らせして、打てば響くように1000席が埋まりました。当日、お客さんは社会的な意味を全部わかったうえで来てくれた。確信犯じゃないけど、共犯者(笑)。本当に覚悟を持ってきてくれたんだなと感じ、掻き立てられましたね」
この状況下での公演決行に怖さはなかったのだろうか?
「コンサート中も終わったあとも、今でも感じています」
今回は打ち上げをしなかったどころか、スタッフたちには“10日間くらいは街に絶対出ないように”と、お願いしているという。
「責任は重大ですから。ウチのスタッフたちもすごく気を遣って実行しましたが、でも“絶対に、100%大丈夫”とは今の時代、言えないですよね。だけど、いつまでもその縛りの中にいるわけにはいかない。せっかくロードマップができる指標を出してくれたんだから、その指標に従ってやるべきだと思ったんです。
そうしないと要求されている以上に自分が自分を縛ってしまい、過剰自粛になってしまう。みんなが過剰自粛をしちゃうと、ますます活動を開始した人が針のむしろのような気持ちになってしまう。やはり、お互いに気をつけながら、やれることは限りなく努力してやっていきたい」
この公演について“登紀子さんは自分のためじゃなく、業界のためにやるんだ”と言っていた著名人もいた。
「別に私自身は、そんな大それた思いはなくて。業界にプラスになるかどうかは、これからのことであって。もし私が失敗したら、悪い影響があるかもしれない。偉そうに、“みんなに勇気を持ってもらうために先陣を切ったのよ”なんて思いはないんですよ。逆に先陣を切ったからこそ、失敗は許されない。責任は重い。私も、一緒に出た娘(Yae)も、生半可な気持ちじゃできないという強い意志を持って取り組んだコンサートでした。
とはいえ“赤信号、みんなで渡れば怖くない”じゃないけど(笑)、やっぱり誰かが行ってくれれば、少しは決断しやすいかもしれない。ほんの小さなメッセージですよ」
穏やかに、優しく微笑んだ。
加藤の次回のコンサートは、8月10日、東京・COTTON CLUBにて。そのころ、コロナと私たちの関係はどうなっているだろう――。
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歌手生活55周年を迎えた加藤登紀子の最新シングル。歌い続けてきた中で巡りあった歌の数々へのオマージュにした1曲。『NHKラジオ深夜便』4〜5月の深夜のうた。1500円+税。発売/ソニー・ミュージックダイレクト