地元の人から見てもフジロックは「夢の時間」

 湯沢町観光協会を訪れ、専務理事の上村信男さんに話を聞いた。

「かつて湯沢町というと、スキーと温泉の街というイメージが圧倒的だったんですが、このごろは“フジロックの湯沢ですよね”という声を聞くようになりました。今年の開催は期待もありましたが、コロナの現状を見ていると厳しいとは思っていました。主催者のスマッシュさんは苦渋の末の、重い決断だったと思います」

 苗場で民宿『苗場金六』で働き、毎年、ツイッターでフジロック情報を発信している師田輝彦さんにも電話で話を伺った。

「常連のお客様は、いつも“ただいま”と来てくださるので、“おかえり”と迎えているんです。今年は残念でしたが、お手紙をくださるお客様もいらっしゃいました。地元の人から見てもフジロックは『夢の時間』です。忙しいですが、心地のいい忙しさで……いらっしゃるお客さんと『夢の時間』を共有しているんです」(師田さん)

 主催者は町の自然と地域の発展を大切に考え、地元の方々と手を取り合いながら20年以上の歴史を積み上げてきた。

「地元にとっても大きな意味のあるイベントでもあるので、スマッシュさんは開催できる手段を、安全第一を考慮しながら試行錯誤してくださったという話も聞きました。でも地元民はやはり開催は難しいだろうなという覚悟もあったので、延期を聞いて驚く人はいませんでした。今年は非常に静かで寂しい夏になってしまいましたが、来年に向けての希望を胸に今できることを頑張ります」(師田さん)

ホテルや旅館、民宿が建ち並ぶ苗場の街並み。観光客の姿はない('20年8月)
ホテルや旅館、民宿が建ち並ぶ苗場の街並み。観光客の姿はない('20年8月)
【写真】観光客が消えた…フジロック開催地の苗場スキー場や温泉街

関東圏とインバウンドの客足が途絶える

 地元の方にも愛されるフジロック。上村さんによれば、フジロックは前夜祭を含めて12万5千人を動員し、宿泊需要は湯沢町だけでなく近隣の南魚沼市や群馬県にもおよび、場内の飲食、お土産、交通など経済波及効果が大きく、延期による経済損失は莫大だ。さらにフジロック以外にも8月の『長岡花火』、ガーラ湯沢スキー場で9月に開催予定だった世界最大規模の参加型障害物レースである『スパルタンレース』や、苗場での10月の大型イベントなども相次いで中止となり、宿泊キャンセルなどの影響が出ている。

 温泉街とスキー場を有する湯沢町の観光客数は冬がピークで、フジロックが開催される夏、そして秋にかけてもイベントやレジャーで多くの人が訪れる。観光客のメインは1都3県(東京・神奈川・千葉・埼玉)からだったが、「Go Toトラベルキャンペーン」で東京が除外されたことも拍車をかけ、客足が大幅に減少。さらに近年、急増していたアジア圏からのインバウンドも入国制限によって途絶えたことになる。さらに3密を避けるため、ホテルや旅館はフル稼働が難しい。

湯沢町観光協会・専務理事の上村信男さん
湯沢町観光協会・専務理事の上村信男さん

「大型施設では大浴場の人数制限をしたり、食事もバイキング形式に工夫を凝らしたり、個室提供にするなどの対応をしなければなりません。そうすると、本来500名が泊まれるところも300名から200名に減らす対策を取らざるを得ないところも出てきています」(上村さん)

 観光業がメインである湯沢町の打撃は計り知れない。

 フジロック会場に隣接し、フジロッカーにとっても馴染み深い『苗場プリンスホテル』が8月16日から12月24日までの休業を発表し、衝撃を与えた。感染対策を十分に行い、「Go Toトラベルキャンペーン」に参加して営業しているホテルや旅館もあるが、先の師田さんの『苗場金六』を含め、小規模な民宿やペンション、ロッジでは自主的に今冬まで休業するところも出てきている。