同じダウン症の子を育てる親からのコメント

 佳恵さんが美良生君を産んだのは37歳のときだ。統計上、母親の出産年齢が高齢になるほどダウン症の発生頻度は高くなる。

 長男を28歳で産んだ後、次の出産まで10年近くあいたのには理由がある。空良君はよく泣き、なかなか寝ない子で、佳恵さんは育児ノイローゼになりかけた。また同じことが起きたらと危惧する夫を説得するのに時間がかかったと説明する。

 今度こそ、笑って育てようと、待ちに待った赤ちゃん。おっぱいの匂いがする美良生君を抱いていると幸せな気持ちになった。

「生まれてきてくれて、ありがとう!」

 だが、すぐに気持ちは振り子のように揺れ動く。心の隙間に不安が入り込みそうになると、こうつぶやいた。

美良生くんは美良生くん

 ありのままを受け入れるための呪文のようなものだ。

 医師や理学療法士など専門家の手助けや、ダウン症の親子との交流もあり、先の見えない不安は時間の経過とともに薄れていった。

 美良生君がダウン症であることをブログで公表したのは出産から1年半後だ告知を受けたときは目の前が真っ暗になったけど、生活が始まったら思っていたよりずーっとフツーでかわいいと、心の内を率直につづった

 それに対する反響は、予想を上回るものだった。

カメラマンに向かってポーズする美良生君。佳恵さんの取材中も終始にこやかだった
カメラマンに向かってポーズする美良生君。佳恵さんの取材中も終始にこやかだった
【写真】自宅近くの湘南海岸で美良生君と微笑み合う奥山さん

全部読ませていただきましたが、いちばん多かったのは“うちも案外、普通だと思っていた”“普通と言ってくれてありがとう”という、同じダウン症の子を育てているお父さん、お母さんからのコメントでした

 美良生のことを黙っているのも、この子を否定しているようでツラいし、かといって1度公表したら引っ込められないので勇気がいりましたけど、伝えてよかったなと

 後押ししてくれたのは当時、小学4年生だった長男の空良君だ。美良生君はダウン症特有の顔立ちをあまりしておらず、親族や友人以外は知らなかった。公表したら、からかわれるかもしれないと何度も確かめたが、空良君はこんなふうに言ってくれた。

大丈夫! 僕の弟はゆっくり大きくなるから、かわいい時期が長いんだ、いいでしょうと、逆に自慢してやるんだ

 佳恵さんが公表した翌月の'13年4月、日本でも新型出生前診断が始まった。妊婦の血液で胎児の染色体異常がわかる。約8割の夫婦は異常があると中絶を選ぶという報告もあり、「命の選別ではないか」との議論もある。

 もし、佳恵さんならどうするかと聞くと、出生前診断は受けないと即答した。

「健常の長男で育児ノイローゼになった私のような者が乗り越えられるわけがないと、いろいろな理由をつけて確実にさよならしたと思うので、知らなくてよかったなーと。事前に知ることより、どんな子が生まれてきても受け入れる態勢が充実しているほうが幸せになれると思います」