ベンチプレスとの出会いは72歳
スポーツといえば、ひざのリハビリを兼ねたゴルフ程度しかしてこなかった奥村さんが、ひょんなきっかけで始めたベンチプレスのおもしろさにいつしかはまり、気がつけば82歳で世界チャンピオンになっていた。
そして今、90歳で世界記録更新と金メダルを狙う。
人生100年時代には、人は90歳で世界チャンピオンにだってなれるのだ──。
ベンチプレスとの出会いは、2002年、奥村さん72歳のときだったという。
「主人の奥村肇が板金塗装の工場をやっていたんですよ、神奈川県の相模原で。2人で車に乗っていたら、うちを出て10分ぐらいのところで、飲み屋のおばさんに後ろから車をぶつけられちゃったの」
幸い、奥村さんにたいしたケガはなかったが、夫の肇さんは頸椎(けいつい)を痛め、ズボンにベルトを通すのも難しいほどに。
病院で痛み止めの注射を打ってもらってどうにか仕事を続けていたが、それをアメリカの大学で生化学を教えている息子の由多加さんに伝えたところ、こう言われた。
「“お父さん、注射すると痛くなくなるのはいいけれど、骨がモロモロになってしまう。運動して治しなさい”と。
息子は生化学の教授なので、わかっていたんですね。それで相模原のスポーツジムで、リハビリ目的の筋トレを始めたんです」
筋トレを続ける肇さんに付き添ってジム通いをしていた奥村さんだったが、本格的なベンチプレスへの挑戦は、現在の茨城県鹿嶋市に引っ越してきた後のことだったという。
「住友金属工業っていう都市対抗に出ているクラブがあって、あるとき新聞に後援会会員募集の広告が出ていたんです。細かく読むと、会員はトレーニング施設が使えるとあった。それで私たちも後援会に入って、夫の傍らでトレーニングを始めたんです」
住友金属工業のクラブ員がベンチプレスやデッドリフトなどを練習する様子を、奥村さんが興味津々の様子で見つめる。なかでも惹かれたのが、ベンチプレスだった。
「おもしろそうだな、って思って。だって見ていると、この間見たときより大きなプレートがついているんですよ。“そうか、やっているうちに強くなるんだ”と。それが魅力だったの」
プレートを装着するバーの重さは20kg。最初はバー単体でさえ挙がらなかった。それでも続けていると、バーが徐々に動くようなっていったという。
「あ、動いたぞ! 頑張れ、もう少し! よし、挙がった! すごいじゃないか!」
そう言って喜ぶ肇さんをベンチで見上げながら、奥村さんはこの競技の楽しさに目覚めていった。そして肇さんとともに週4回、4時間ものトレーニングに励むようになったという。
隣に住む友人の大谷秀子さん(77)が言う。
「出かけるときはご主人といつも一緒で、本当に仲がいい夫婦でしたね」