ドムドムと藤崎さんの出会い
「まだ50前だし、これから好きなことをやればいいよ」
訃報を受けた高見さんは藤崎さんを慮って、こうメッセージを送ったというが、本人の気持ちは晴れなかった。同居していた息子も「いつも元気な母が3か月くらい落ち込んだ状態で本当に心配になりました」と述懐するほど、心にポッカリ穴があいていた。
夫の死から半年が過ぎた'17年5月、予想だにしなかった話が舞い込む。ホテル運営などを手がけるレンブラントホールディングスがドムドムハンバーガーを買収。新メニュー開発にあたり、藤崎さんに白羽の矢を立てたのだ。
日本発祥のバーガーチェーンであるドムドムハンバーガーは1970年に創業。かつては親会社・ダイエーを軸に展開され'90年代には全国400店舗まで数を伸ばしたが、徐々に縮小。経営母体が変わった時点では約30店舗まで減っていた。
マクドナルドをはじめ大手チェーンが席巻する中、同じ方向性では生き残るのは難しい。だからこそ、斬新で愛される新メニューが必要だったのである。
「レンブラントの方が店の常連で、私の料理をおいしいと感じて“ぜひアイデアを提供してほしい”と、オファーをくださったんです。50歳の居酒屋のおばさんを大きなビジネスに誘う勇気と情熱に感銘を受けましたし、私自身もすごくうれしかった。
一緒に居酒屋をやっていたパートナーも十分ひとり立ちできると感じたし、息子も夫が亡くなった年に墨田区議選への出馬の決意を固めて、前に進んでいた。もう心配することもないので“やっちゃおうか”という気持ちが湧いてきました」
藤崎さんが入社に当たって最初に提案したのは、「手作り厚焼きたまごバーガー」(300円)。厚焼きたまごは日本人のソウルフードであり、誰にも喜ばれるメニュー。日本発祥のバーガーチェーンであるドムドムで出すべきと藤崎さんは考えたのだ。
とはいえ、卵焼きというのは想像以上に高度なスキルが必要である。既製品を使おうにも高価だ。いかにして簡単に、安く提供するのか。その大命題を一緒に模索したのが、前出の部下である浅田さんだ。
「藤崎さんは店舗で作って安く出すことに強くこだわり、絶対に妥協しませんでした。となれば、バイトやパートでも手軽に作れる工程を考えなければいけない。私もイタリアンシェフをやっていた経験から知恵を出し、試作を繰り返しました。そして2か月後には納得できる形を見いだせた。こちらの意見もしっかり聞いてくれましたし、気持ちよく仕事のできる人。25年の社会人生活で尊敬する上司の断トツ、ナンバーワンです」
厚焼きたまごバーガーの商品化を終え、11月から正式に社員になった藤崎さん。最初は商品開発に特化した仕事をするつもりで店舗回りなどをして勉強していたが、同年12月に出店が決まった厚木店の店長をいきなり任された。営業時間は8時~23時と長いうえ、自宅から職場までは遠く、寝る暇もないほど。
それでも彼女は店の一部始終を見ようと休まず出社し、スタッフの意思疎通を密にした。そして翌年からは東日本15店舗を統括するエリアマネージャー(SV職)も兼務。あらゆる店を足しげく回っては現状把握と業績改善に努めた。