統合失調症の誤解や偏見をなくしたい

 あれから20年近く経ち、父親は現在も薬は飲み続けているというが、妄想や幻聴の症状は出なくなったという。

「ちゃんと薬を飲んで対処していれば改善される。回復する病気であることは伝えたいです」

 とはいえ、ゆめのさんにとって父の病気は「隠しておきたい過去」で、それと向き合う作業はつらかったという。

「はじめは父に漫画にすると伝えたらダメだって拒否されたんですけど、根気強く説得して許可をもらいました。漫画になったものを見たら、描いてよかったと思ってくれました。読んでみると父自身も病気に偏見を持っていたことがわかったようです」

 かつて統合失調症は精神分裂病と呼ばれていたが、病名が誤解や偏見を招きやすいなどの理由から2002年に呼称が変更された。発症には遺伝的要素の影響があると考えられているが、あくまでも原因の1つにすぎず、環境やストレスなど、後天的な要素も関係するという。

「父は自分が統合失調症になった90年代の知識で止まっていて、この病気は一生治らない、遺伝するものだって思い込みが強くて。だから漫画にして父がこの病気だと知られることは、私にもこの病気が遺伝していると世間に知られることになるって意識が強くて、それで反対していたと」

 ゆめのさん自身も幼いころから人の輪に混じっていくことが苦手な性格で、中学生のときにはひきこもりになって不登校を経験した。父親に似ていると感じたり、自分も病気なんじゃないかと不安で苦しかった時期もあったという。しかしこの作品を描ききったことで、ゆめのさんの意識にも変化があった。

「漫画にするために父や母の話を聞く、自分の考えをまとめるという行為をしたことで、自己セラピーみたいなところもあったと思います。今回、漫画を描く上で勉強したら親子で遺伝するものではないし、治らない病気でもないこともわかって。父は自分の病気は恥ずかしいものだ、隠すべきものだと思ってたけど、この漫画を読んで考えを変えてくれましたね。この作品を読んで統合失調症について多くの人に知ってもらって、偏見をなくせたらいいなと思います」

 ここ数年、医療や福祉の現場などで「精神疾患の親に育てられた子ども」の存在に光が当たるようになってきたが、まだまだ当事者が抱える生きづらさは気づかれにくい。

この漫画を読んで “実はうちも……”って言ってくれる方が結構多くて。精神疾患の親を持つことは恥ずかしいことじゃない、家族で抱えなくていいというのは伝えていきたいです。私の母は精神的に強かったからよかったけど、それでダメになっちゃう人もいるだろうし、家族が全ての負担を被らないように社会でサポートしていくべきだと思います」

 父親の病気が落ち着いた今でも家族関係がうまくいっているとは言えず、衝突したり、わかり合えないことも多いというゆめのさん。

「“家族っていいよね”とか、逆に“嫌な家族と縁を切って幸せになりました”とか、1つのメッセージを伝える漫画にはできなくて。それは現実が全然シンプルじゃないからなんですが。でも、“普通の家族”という考え方にとらわれなくていいと思うんです。いびつなところもあるけど、それが私たち家族だよねって肯定することが、生きやすくなる方法なんじゃないかなと思います」

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【漫画】「風呂の中も監視されている」とパンツをはいてシャワーを浴びる父

ゆめの 等身大のエッセイ漫画『ゆめのひび』(集英社)でデビュー。Webメディア「マトグロッソ」に連載していた漫画に加筆修正した『心を病んだ父、神さまを信じる母』(イースト・プレス)を2020年2月に上梓した。Twitter:@yumenonohibi

《取材・文/小新井知子》