本には人を豊かにする力がある
横山さんは、学校に大量の本を持っていき、子どもたち自身に、図書室に入れる本を選んでもらう“選書会”という催しを行っている。そこでも、角野作品は大人気。特に料理上手なおばけのアッチシリーズは知らない子はいないほど。
「荒れてる中学校に、角野さんと一緒に乱入するような形で話をしにいったことがあるんですけど。アッチの人形を見た瞬間に、問題児らしき生徒が“知ってる!”と前の席に来て聞いてくれたんです。
そこで、角野さんは、『魔女の宅急便 2』で書かれた、しっぽをなくしたカバが自分の中心を見失って病気になってしまう話をされて。『だから、みんなも自分にとってのしっぽ、真ん中を見つけなきゃね』というようなことをおっしゃった。後で、生徒たちが“角野先生にお手紙を書きたい”と言い出して、本当に書いたみたいですよ」
長年担当編集を務めるポプラ社の松永緑さんも角野作品の影響力を目の当たりにしている。
「6歳のときにアッチの本を読んでハンバーグを作ったことがきっかけでフレンチのシェフになられたという方からお手紙をいただいたんです。それで、シリーズ40周年を祝うお食事会をその方のお店で開きました。
とても感激なさって、素晴らしいお料理を出してくださいました。角野先生の本が人生の夢と喜びをつくったんだと、うれしくなりました」
今年はコロナ禍の中、読書会などは中断。外出を自粛することも多くなったが、書くことをやめることは決してなかった。
「書き続けるのには、ボディ力が必要ですけど、幸いにして、私、丈夫なの。ただ、80歳を過ぎてからは、調子がよくない日がちょっとありますけどね。でも、好奇心は大丈夫。コロナでしばらく、散歩ができないのはつらかったけど。
それでも、うちの狭い庭でダンゴムシや蜘蛛を発見してうれしくなったり。身近なところで新しいことって見つけられるものよね」
ポプラ社の松永さんは、例年どおり新作の編集に関わった。
「そろそろ次の話をと、お願いすると、角野先生は“えー、もう書くことないわよ”なんてちょっとダダっ子みたいにおっしゃるんですけどね。いつも打ち合わせをしてるうちに、アイデアが広がって、こちらの期待を超えた作品を書いてくださるんです。
私が以前コロッケを作って大失敗したことをお話ししたら、じゃあそれをキャラクターにしましょうと決まって、『おばけのアッチとコロッケとうさん』というシリーズ43巻目を書き上げてくだいました。まさかおこりんぼのおじさんコロッケを登場させるとは、想像もできなかったですね」
2023年開館予定の、江戸川区角野栄子児童文学館(仮称)の創設にも自ら関わっている。
「外側は真っ白で、内側はいちご色にしました。子どもたちを驚かせようと思ってね。真っ赤でびっくりして、その驚きから想像力が生まれますから」
子どもたちに本を読む楽しさをもっと知ってほしいという思いは強い。
「今はゲームやアニメ、たくさん楽しいことあるわよね。本はページをめくって、なじむのにちょっと我慢が必要だけど。物語を読むと、わくわくするでしょ。心が動くでしょ。
ゆっくり味わうことも、さっと読み進めることもできる自由さがあるのも本ならでは。本を読みながら想像したり考えたりするうちに、やがて本は読んでいる人の物語になる。それがその人の力になっていく。本は勉強の役に立つとは言わないけど、人の一生を豊かにすると思います」
『魔女の宅急便』で主人公キキが旅出つとき、「贈り物の箱をあけるときのようにわくわくしているわ」というセリフがある。角野さんは同じような気持ちで24歳のときブラジルに向かった。
それから60年たった今も、「今日はどんなに面白いことに出会えるかしら?」と思いながら目覚めるという。
母を失い、泣き虫だった少女は、冒険の海に出て、書くという魔法を得た。
つらいときも寂しいときも、本の扉を開ければ、わくわくする世界が広がる。ブラジルの海がある。アッチの作った料理がある。「いいこと、ありそな」とつぶやいて空を飛ぶキキがいる。
「死ぬまで書き続けたい」
85歳の書く魔女は、わくわくを紡ぎ続ける。
取材・文/伊藤愛子(いとう・あいこ)人物インタビューを中心に活動するライター。著作に『ダウンタウンの理由。』『視聴率の戦士』『40代からの「私」の生き方』などがある。理学部物理学科卒業の元リケジョだが、人の話を聞き、その人ならではの物語を文章にするという仕事にハマって、現在に至る