海外旅行でアクティブな自分に
自立してから、ネットで知り合ったひきこもり当事者と会ったことがある。一緒にドライブや観光を楽しんだが、やはりひとりでいたい気持ちは強かった。
32歳のとき、彼は子どものころからの夢だった海外旅行をひとりで決行する。
「不安はあったけど、ワクワクしました。ベルリンの空港に降り立つと、人種構成も違うし、ファッションセンスも違うし、歩き方も違うし、気温や湿度や空気の味も違う。いろいろな差異が、日本とは別次元の歴史的経緯を経た力学によって動いている世界であると感じて、別の惑星に来たようで楽しかった。
日本にいると緊張するし、あまり人と話したくないんです。どこで仕事をしているのか、どの学校を出ているのかとすぐ聞くでしょう? 息苦しくてたまらない。海外ではネットで知り合った友達に会ったり、その友人の家に泊めてもらったり。それが楽しくて、お金を貯めては海外に行くようになったんです」
これまで10か国、30の都市に滞在してきた。1度、旅に出ると2~4週間は帰ってこない。外国に出ると自分でも驚くほど開放的になり、アクティブになるという。旅を楽しむためにも、英語の勉強は欠かさない。現在TOEIC(国際コミュニケーション英語能力テスト)では895点。英語を母国語としない人がじゅうぶんコミュニケーションをとれる点数は860点である。だが彼はこれに満足していない。900点以上をとって通訳案内士などの英語を使った資格を取ることも視野に入れているという。夢は広がっているのだ。
「でもねえ、恋愛は機会がないんですよね。結婚もできればいいかなあ、いや、無理だろうなあ、できなくてもいいかなあという感じ(笑)。身近な夢で言うと、もっと海外旅行をして海外の友人をつくりたい。今、YouTubeを英語で発信して、海外のひきこもっている人からコメントをもらうこともあります。
今回の『ひきこもり文学大賞』は運がよかったんでしょうけど、うれしかったですね。読む人におもしろいと思ってもらえる文章を書く勉強もしていきたい。将来は、海外での経験値を活かして旅行記を出版したいと思っています」
マイペースで、ひとりで楽しみたい
今は製造業の仕事をいったん中断、給料から積み立ててきた資産で生計を立てている。将来的には記事執筆や動画作成などで稼げるようになりたいが、難しければ、また製造関係の仕事に再就職する予定だという。
「今は人のいない場所を選んで国内ひとり旅やソロキャンプを楽しんでいます。対人恐怖は薄れてきましたが、やはりトラウマがあるんですよね。マイペースで、ひとりで楽しみたい」
生活時間はきちんとしている。6時から7時の間には起床、運動をかねて毎日2時間は外を歩く。あとは動画を作ったり英語の勉強をしたり。食事は自炊が基本だが、まれに話題の店で外食することもある。
「これで大満足という生活ではありませんし、僕自身、人として至らない点はたくさんあると思うんです。でも今は、なんとか誰にも頼らずに、ひとりで生きていけている。もし子どものころいじめられなかったら、兄たちのように普通に大学を出て就職して、結婚して子どもがいたりするのかもしれない。ただ、それが本当によかったかどうかはわかりませんよね。今の僕はユニークな生き方をしていますけど、僕には合っていたのかもしれないし」
遠慮がちに微笑む山添さん。誰かと比べることもなく、誰をも恨むこともなく、彼は淡々と自分のできることをしながら楽しんで生きている。
かめやま・さなえ 1960年、東京生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動。女の生き方をテーマに、恋愛、結婚、性の問題、また、女性や子どもの貧困、熊本地震など、幅広くノンフィクションを執筆