妻の気持ちなど考えもしない夫
「ワンルームに住んでいるので、3人で一緒に寝るのですが、夫と同じ部屋で寝ていると気持ち悪くなるんです」
そして今の明美さんのいちばんの悩みは別にありました。
「死にたくなるんです。駅のホームで電車を待っているとき、子どもを抱いて飛び降りたくなります。だから最近、電車に乗るのが怖いんです」
もともと明美さんに対して何の気遣いもせず、明美さんの気持ちなど考えもしない敏明さんは妻の変化に気づくこともなく、まるで何事もなかったかのように過ごしているというのです。生活費を払わないのも変わらず。明美さんを踏みとどまらせているのは、子どもの存在でした。
夫婦カウンセリングでは、夫婦仲の改善を目指すことが大半ですが、明美さんの話を聞き終わって、私は言いました。
「死にたくなってしまうほどなら、離婚を考えてもいいのではないですか?」
人生100年時代。これから40年、50年、敏明さんと一緒に暮らしていけるかを尋ねると、明美さんは大きく首を横に振りました。
「考えたくもありません」
ひとり親家庭にはサポートもたくさんあるし、本当にお金に困ったら“部分生保”(生活費の一部だけ生活保護を支給してもらう制度)もあるということを説明すると、明美さんの表情は少しずつ明るくなっていきました。
「それに、ご主人はお給料をもらっているのだから、お給料から養育費を払ってもらうことはできるはずですよ」
私がそう言い、知り合いの弁護士を紹介する、と伝えると、さらに表情は明るくなりました。
「離婚しようと思えばできるって、思えただけでよかったです」
最後は笑顔で帰りました。
数日後、明美さんから弁護士を紹介してほしい、という連絡が来たので、離婚問題に詳しい女性弁護士を紹介しました。弁護士は敏明さんの給料からきちんと養育費を支払ってもらう手続きを進め、明美さんは離婚の方向で動いています。すっかり心の整理ができ、これからの人生を楽しみにできているようです。
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不倫は配偶者を苦しめますが、特に不倫した夫の多くは、なかなか妻の心の痛みを理解できないものです。カウンセリングに来る多くの妻は、夫に何度伝えても、自分の苦しみをわかってくれない、と言います。そういうときはカウンセリングを通して専門家から夫に妻の気持ちを伝えることも考えたほうがよいと言えます。特に、心理テスト結果として伝えると、多くの夫は根拠を示されるので、受け入れます。
また、夫に不倫をされて思いつめてしまう妻は多いですが、自分のこれからの人生のため、幸せのために何をすべきかを考える必要があるのです。我慢するしかない、そんなふうに考えずに、自分の幸せを考えましょう。
山脇由貴子(やまわき・ゆきこ)
1969年、東京都生まれ。横浜市立大学心理学専攻。大学卒業後、東京都に心理職として入都。都内の児童相談所に心理の専門家として19年間勤務。現在は家族問題カウンセラーとして活動。テレビや雑誌で虐待などの家族問題についてコメントすることも多い。2006年、いじめ問題の核心をついた『教室の悪魔 見えない「いじめ」を解決するために』(ポプラ社)が17万部のベストセラーに。2016年に『告発 児童相談所が子供を殺す』(文藝春秋)を出版。近著は『夫のLINEはなぜ不愉快なのか』(文藝春秋)。