「恋愛も結婚もしたくないし、子どもも欲しくない」

 ショックだったかを尋ねると「そりゃね」と言いました。

「お袋のことは嫌いじゃなかったんで。でも、すぐに人間として最低だなって思いました」

 明彦くんは徹さんの怒鳴り声から母の不倫の内容の詳細を知っていったのです。

「“明彦が塾に行ってる間も男のところに行ってたんだろう!”とか怒鳴ってるんですよ。それを聞かされると、確かに俺が塾から帰ったときお袋が化粧をしていて、どっか出かけてたのかなって思うこともあったな、って。思い当たることがたくさんあるんです」

 徹さんが「通い妻みたいに、料理まで持っていきやがって! 俺の金で買ったものだぞ!」と言っているのを聞けば、なんでこんなに大量に料理を作ってるんだろうと思った日があることを思い出す、というのです。

「“金まで貢ぎやがって”とか聞かされて、どんどんお袋が嫌いになって。顔も見たくなくなりましたね」

 そして明彦くんは父に対しても嫌悪感があると言います。

「親父も最低だなって思います。“離婚なんか絶対にしないからな。どうせ男と一緒に暮らそうとか思ってるんだろう。そんなこと絶対させないからな!”とか“絶対幸せになんかさせないからな。お前は一生俺に尽くせ!”とか怒鳴ってるんですよ。そこまで言うかって思います」

 それはつらい。両親を嫌いになってしまうのも無理ありません。

「勉強する気になんてなれないです。なんか最近は将来どうでもいいなって思います。高校も別に行かなくてもいいかなって気になってます。頑張って働いてもどうせいいことないんだって思うし、恋愛も結婚もしたくないし、子どもも欲しくないですね」

 だからずっとゲームをしている、と言うのです。子どもというのは親の姿を見て、自分の将来を思い描くものです。両親が不幸そうにしていれば、将来に希望は持ちにくいですし、両親が憎しみ合っていれば、結婚したくないと思う子も多いでしょう。

 明彦くんにも心理テストを受けてもらいました。心的外傷は大きくはありませんでしたが、完全に自暴自棄になっており、深刻ではないけれどうつ状態でした。思春期の子がうつ状態になると、好きなことしかしなくなるので、「なまけている」と思われ、うつであることを見逃されることが多いのです。

 明彦くんの最近の食欲を由美子さんに尋ねると、

「私の顔を見たくないせいか、食べないときが多くなりました」

 食欲低下も、うつ状態の 1つの症状です。