新型コロナウイルス感染拡大に関連した解雇や雇い止め、給与カットなどで家賃が払えないケースが増加している。これまで数多の賃貸トラブルに立ち会ってきた司法書士の太田垣章子さんが、コロナ禍の実例をリポートする。
2002年から家主側の訴訟代理人として、賃貸トラブルの賃借人と関わってきました。これまで出会ってきた賃借人は、2500人以上。家賃を払わず、追い出されたらまた次の部屋でも滞納を繰り返す、そんな常連の人もいました。一方で一生懸命に生きて、それでも家賃が払えずにもがいている人もいました。その度に可能な限り、最善の策は何だろう、賃借人と一緒に考えてきた気がします。
2020年は新型コロナウイルスの余波で、苦しんでいる人とたくさん会ってきました。
仕事を失った人、残業代が減って生活が苦しくなった人、この先が不安な人、そしてリモートでの仕事で孤独を感じる人、親の収入が減って学業を断念した若者。感染はしていないけれど、彼らもまた確実にコロナウイルスの被害者でもありました。
あえて派遣を選んできたシングルマザー
事務の派遣社員として働きながら、ひとりで8歳の娘を育てているシングルマザーの井上さん(仮名・30代)。仕事が減らされ、家賃が払えなくなってしまいました。今回ほど正社員で働いていないことを後悔したことはない、と井上さんは言います。今まで何度か正社員になるチャンスはありました。でも井上さんは、あえて派遣を選んできたのです。
娘さんが4歳のときに離婚。子どもが小さいと、さまざまな行事で仕事を休まねばなりません。子どもが体調を崩すこともあります。両親はすでに他界。家族の助けは得られませんが、別れた元夫が養育費をきちんと払うと約束してくれたので、大丈夫だろうと思っていたのです。ところが離婚直後から、養育費は支払われません。元夫を問い詰めると「こっちにも生活があるから」と言い、そのうち連絡も取れなくなってしまいました。
養育費のことを正式に書面にしていたわけではありません。弁護士に依頼するのも、費用がかかってしまいます。離婚で寂しい思いをさせてしまった娘に対し、せめて行事ごとには全て参加してやりたい、そう思うとなかなか休みにくい正社員にはなれません。だから井上さんは、派遣社員としてひとりで歯を食いしばって生きてきたのです。
ところがこのコロナウイルスで、正社員は自宅からのリモート勤務となりましたが、派遣社員の井上さんは出勤を命じられました。そして7月ごろから、仕事が減り出したのです。当然、収入も減っていきます。