犯行が徐々にエスカレートしないか心配
ほかにも、行方不明になっている地域猫は多く、「死に場所を探してどこかで息絶えているのではないか」(60代男性)などと心配する声を聞いた。猫が死に場所を探して姿を消す習性があるかどうかは別として、体調が悪化して動けなくなったことは十分考えられる。
地元商店街の生花店『花武』では、パンダみたいな模様でよく鳴く「ナキパン」と、ゴマフアザラシに似た「ゴマ」という2匹の面倒をみていたところ、昨年12月末ごろからぱったり姿を見せなくなった。
「まるで神隠しにあったみたい。ほかにも10匹ぐらい消えていると聞いた。街からすっかり猫が消えてしまった。繁殖しないよう手術を受けているし、そんなに迷惑をかけているわけじゃないのに猫を蹴る人もいるんだって」
と男性店主。
動物愛護管理法は、猫などを対象とする愛護動物をみだりに殺したり傷つけたときは5年以下の懲役か500万円以下の罰金に処すると定めている。故意に毒殺したのであればれっきとした犯罪だ。
「犯行が徐々にエスカレートしないか心配だ。地域猫の次は飼い犬を狙うかもしれないし、小さな子どもに手をかけるかもしれない。人情味あふれる下町なのに勘弁してほしい」(前出の60代男性)
近隣の動物病院の関係者によると、類似する猫の不審死事案は昨年末にとどまらず、年明け後も1件確認されている。
そもそもこの地域では、人間と猫が当たり前に共存してきた。昔はドブ川が流れていたためネズミが多く、民家の仏壇のお供え物を食い散らかしたり、商店の売り物にかじりつかれ困っていた。天敵の猫は得意げにネズミをくわえて人間に見せつけたという。多くの商店が猫を飼っていた。
子どものころからこの街で暮らす前出の古澤さんは、
「だからこそ、猫に寛容な街だった。その記憶がある年配の方ほど、猫のエサを持ってきて“食べさせてあげて”などとかわいがってくれていたんです」
と打ち明ける。
文豪・夏目漱石の小説『吾輩は猫である』で鋭く人間観察する語り手の猫は、物語の冒頭で、名前はまだない、と自己紹介している。
しかし、命を落とした8匹にはすべて名前があった。その名前を何度も呼んでかわいがった住民がおり、突然の死に深い悲しみを抱いている。もし、毒物を与えた犯人がいるとするならば、そのことをどこまで知っているのか。
◎取材・文/渡辺高嗣(フリージャーナリスト)
〈PROFILE〉法曹界の専門紙『法律新聞』記者を経て、夕刊紙『内外タイムス』報道部で事件、政治、行政、流行などを取材。2010年2月より『週刊女性』で社会分野担当記者として取材・執筆する
*コメントの一部を修正して更新しました(2021/2/3 15:45)