有名人がこぞって通う出会いの場
いろいろな人と出会った場所でもあった。三島由紀夫さん、青島幸男さん、野坂昭如さん、ハナ肇さん……。名だたる方々がお見えになって、『どん底』なんて店名にもかかわらず、その響きとは無縁な人たちがお酒を酌み交わす姿は、しゃれっ気があって面白かった。
親友である岸田今日子、吉行和子とも行ったけど、ひとりでも、お金があってもなくても出かけた。私たちが通っていたころは“どんカク”と呼ばれていた「どん底カクテル」、梅酒のサイダー割りだったかな。50円で飲むことができたから、新人や研究生にとっては心だけじゃなくて財布にも優しかったのね。
卵から著名人まで作家、画家、歌手、ダンサー、彫刻家、大学の先生……多士済々とはこのことで、実ににぎやかで、みんながさりげなく飲んでいる心地よいお店だった。
年末になると、お店の人だけで忘年会をするんだけど、そんな場にも参加しちゃって、飲んでは寝ての繰り返し。眠くなるとソファで横になって、また起きて飲む。興が乗りすぎて、燃え盛るペチカにオーナーがジャケットを投げ入れたり、ウオツカを降りそそいで手を叩いて喜んでいるうちに火の手が大きくなってしまったりとさんざんなこともあった。私の結婚披露宴も『どん底』だった。失敗。あれも思い出これも思い出。人生は帳尻が合えば万々歳。
『どん底』はマドリードにスペイン店があるのだけれど、オーナーの智さんがスペインから戻るたびに、岸田用、吉行用、私用にお土産をプレゼントしてくれた。センスいいし、面倒見がいい人。尊敬できる人だった。
スペイン店には、司馬遼太郎さんや結婚する前の三浦友和さんと山口百恵さんも婚前旅行で訪れていたらしいんだけど、ホント、どこが『どん底』なのよ。
智さんは亡くなってしまったけど、その遺志を娘さんが継承しているから、きっとこの先も時代の生き証人のようなお店として存続していくと思う。心を許せるアジトのようなお店があると、人生ってより彩りが豊かになる。
《構成/我妻アヅ子》