ハッピーエンドにはしない
昨年11月、東京オリンピック(五輪)・パラリンピック大会公式文化プログラムの依頼を受けた東は、引き受けるかどうか1か月以上悩んだと明かす。
「今までずっと粛々と『Get in touch』の活動を続けてきて、こんな晴れ舞台に出て、もしもバッシングを受けたら活動自体に傷がつくんじゃないか、という不安もありました。もちろん、たくさんのプロがいる中、私でいいのかということもありましたけどね」
背中を押してくれたのは、仲間の言葉だった。
『Get in touch』のメンバーに「こんな依頼が来ているんだけど」と打ち明けると、
「ちづるさんがずーっとやってきたことの積み重ねが大きな形になりますね」
「やっとですね、やっとですね。こういうチャンスを作るために私たちは頑張ってきたんですよね」
みんな口々にそう言って涙を流したのだ。東も目を潤ませて言った。
「ああ、そうか。こういう仲間がいるんだったら大丈夫だなと思いましたね」
世界配信される映像のテーマは『多様性』。タイトルは「MAZEKOZEアイランドツアー」だ。
「冠パートナー企業がJALなので、飛行機で多様な島をツアーしていくというコンセプト。(飛行機の)機内に乗るとドラァグクイーンのCAさんがいて、『さあ、みなさま。次の島はですね』と案内をする。その島には、障害のあるダンサーや全盲のシンガー・ソングライターなどがいろんなパフォーマンスを見せてくれる。いろんな人たちが参加して、アートや音楽やパフォーマンスを見せていくというもの。1本の映画ですね。これは、私の29年目になる活動の集大成なんです」
東は、作品にこんな思いを込めようとしている。
「ここ何年か、『多様性を目指す』とか『共生社会を目指す』という言い方をされることが多いんですが、“目指す”というのがそもそもおかしい。すでに私たちは、『まぜこぜの社会』にいるんです。全員が多様な色とりどりの人たちの1人で、一緒に生きているんだと。
でも現実は、多様な特性が理解されなかったり、尊重してもらえないことで、生きづらさを感じている人がたくさんいます。傷ついている人がすぐそばにいるのに、なぜそのことに気づけないのか? 頭では人権を理解しているつもりでも、実感はできていないのかもしれませんね」
韓国や欧米と比較しても、日本の「多様性」への意識は遅れていると指摘する。
「LGBTQを差別していないと言うけれど、日本はうわべだけ。例えば、欧米や韓国のドラマでは、学校や会社が物語の舞台になると、日常的にマイノリティーの小人や同性愛者や障がい者が登場します。日本の映画やドラマでは彼らが出てくるとしたら、それがメインテーマになってしまう。それを克服する感動ものになっちゃう。『日常的に一緒にいる』という描き方がまだできないんですね」
そこで東は「共生・多様性」を可視化、体験化できる映像を企画したのだ。
「私たちの作品の内容は基本的には、楽しく笑えて泣けて、最後はモヤモヤする。すっきりはさせません。実は最初はハッピーエンドにしてたんですよ。でも、森喜朗前会長の女性蔑視の発言があって、やめました。世界中が怒ったのに、私が『日本は多様性OKですよ』みたいな映像を作ったら、私が見せかけのヒューマニズム、美談にしちゃうことになるでしょう?」
東の考えやアイデアを言語化し、舞台の脚本を担当する尾崎ミオさん(55)は言う。
「ちづるちゃんは、パッションと感性の人。一緒にワクワクしながら刺激的な冒険の旅を楽しんでいる感覚がある。面白いからやめられない(笑)」
夫の堀川さんは、東の体調を気遣いながらも、こう理解を示す。
「手術後も100%体力は戻ってないけど、彼女にはやらなきゃいけないことがいっぱいあるので、気は張っていると思います。
彼女は外から見ると『強い、可愛くない、女らしくない』と思われるかもしれない。けれど、僕からしたら『弱くて優しい女性』です。でも、そのままだと男社会で闘うことができないから、あのサッチャーのように『鉄の女』でいるのかもしれないですよね」
今、東ちづるは「多様性・共生」という言葉を死語にしたいと意気込んでいる。
「ピンチはチャンスだなと思ってるんです。ピンチってことは、こうじゃない別の方法を選べ、ということ。あ、ほかにもっといい方法があるんだってサイン。だから、まったくめげないですね!」
《取材・文/小泉カツミ》
こいずみかつみ ノンフィクションライター。社会問題、芸能、エンタメなど幅広い分野を手がける。文化人、著名人のインタビューも多数。著書に『産めない母と産みの母~代理母出産という選択』など。近著に『崑ちゃん』『吉永小百合 私の生き方』がある