死をもって償いたいと泣くB
そんなBに裁判長が尋ねた。
――警察沙汰になる悪いことだとはわかっていた?
「よくないことだという認識はありました。ホームレスだからといって、家がないだけであって、ほかの人たちと一緒で、普通に生活しているのに、それを邪魔して、僕らが何かされたわけでもないのに、河渡橋を家に例えたら、僕らが勝手に家に入って行って、石を投げてるのと同じだと思っていたので、それが悪い事だと思っていました」
――悪いことだとわかっていて、その罪悪感、抵抗感を乗り越えてしまったのはなぜ?
「野球部をやめたことや、大学やめたことも、両親に何の相談もなしに、急にやめたり、自分の人生について、将来のこととか何も考えてなくて……。だから、今考えれば、違う選択もあったとわかりますが……。そのときには違う選択肢があったとは考えられないで、他人の気持ちを思いやることができなかった……。だから、そういう行為を行っても、自分を止めることができませんでした……」と、泣いた。
結審の日、最終陳述でBはこう述べた。そのままを、記す。
「私はずっと自分の気持ちを偽りつづけ、自分しか見て来ずに、生きてきました。今回、おじいさんの命を奪ってしまい、怖い思いをさせて、自分は人としてやってはいけないことをしてしまいました。私とそれ以外の人たちは、私と同じ考えはありません。ここにいる人たちも、私より年上の方ばかり、今まで苦労してきたこともたくさんあると想像できます。
私は、そんな人が好きじゃなく、生きることも好きじゃないです。ここにいる人たちと比べたら、私は、生きて、この罪を償う資格はありません。私は、人という立場、立ち位置には、立ってはいけない考えを持った自分に、ずっと偽り続けてきたことで、一生懸命生きている人の命を奪い、恐怖を与えました。人の尊厳を踏みにじった、私は……私は……、死をもって償いたいです」
そう言って、再び、泣いた。
渡邉さんなら、なんと言うだろう。やりきれない思いの中、自問していた。
第5回公判。検察側はAに懲役8年、Bに懲役5年を求刑した。対して、A弁護人は懲役4年6か月、B弁護人は執行猶予が妥当と主張した。
両弁護人は、「土の塊」や「2~3センチほどの小さな石を投げ
路上生活では、石ころ一つ、花火一つが命取りになる。それがやはり理解されていないと感じた。またどんな小石だろうと、人に石を投げることは「一般的・常識的に」は考えない。