退院の日に目にしたもの
3月21日、テレビの報道で、東京の緊急事態宣言が予定通り解除されたことを知った。
その日、初めて朝食を完食した。
私はもともと、朝食は少ししか食べない。そのことを伝えると、次の日から朝食の量が減り助かった。病院食は毎回メニューが異なる。私は薄味が好きなのでおいしかった。
19日から口内炎ができていたのだが、処方してもらった塗り薬のおかげで治りかけていた。
「栄養士が“口内炎があるなら柔らかい食事がいいかな”って悩んでたんですよ。でも、完食できたみたいでよかった」
看護師がそう言ったとき、患者のためにメニューを考える栄養士と、食事を作る調理師の姿が浮かんだ。
新型コロナ患者のために力を尽くしているのは、医師、看護師、保健師だけではないのだ。薬剤師、エックス線技師、臨床検査技師、栄養士、調理師、そして手続きを迅速に進める医療事務。数えきれない人たちの努力があるから、私は快適に入院生活を送れる。
21日の朝食を境に、支給される病院食は一日3食、すべて完食できるようになった。
感染症対策のため、看護師は患者が残した食事の量を確認できない。何割くらい食べられたのか、自分で連絡帳に記入する。10割、という文字が続いた。体温と血圧を書く欄も、正常値が続く。
22日の朝、月曜日。主治医が出勤する日だ。朝食前に血液検査をした。午後、医師から電話で「正常だった」と告げられ、翌日の退院が決まった。
3月23日、朝。退院準備を終え、その日の担当看護師とエレベーターに向かっていると「おめでとう」と声をかけられた。
顔をあげると、入院したときに出迎えてくれた看護師がいた。会うのは、初めて病院に訪れた日以来だ。
「旦那さんはどう?」
彼女は私の夫のことを他の看護師から聞き、ずっと気にしてくれていた。
「夫も明日、退院できるみたいです」
そう答えると、彼女の顔にほっとした笑みが広がった。
新型コロナ専用病棟は、1階の入り口に鍵がかかっている。来たときと同じく、専用のエレベーターで1階まで降りた。
いつも髪や肌を覆い、完全防備だった看護師。今日はマスク以外をすべて外した状態で、鍵を開けるために私とは別のルートから1階にやってきた。
なぜか彼女を見て驚いてしまった。私をケアしてくれた医療従事者は、当然のことながら、病院から一歩外に出ると“普通の人”なのだ。当たり前のことなのに、その驚きは今でも忘れられない。