鶏や豚で学費を稼ぐシングルマザー
ある日、現地法人の日本人の友人がひとりの女性を紹介してくれることになった。
彼女の名は、ナカウチ・グレース。年齢は千津さんより少し上。30代半ばだろうか。自宅に招かれ、リビングのソファに座ったときだ。
「コケーッ! バサバサバサッ!」
大きな音に驚いて振り向くと、鶏が10羽ほど歩いていた。落ち着いてもう一度見たが、確かに室内にいる。裏庭には豚もいた。「すごいところに来ちゃったなあ」と思いながら、鶏を飼っている理由を尋ねると、彼女から予想外の答えが返ってきた。
「子どもたちを学校に通わせるため。卵からは栄養をとれるし、クリスマスには高く売れる。豚も、1頭育てれば子ども1人の1学期分の学費になるし、子豚もたくさん産むから」
聞けば、彼女は4人の子どもを育てるシングルマザー、1人はHIV感染で亡くなった彼女の姉の子だった。収入は友達の家の清掃で稼ぐ月10ドル。畑を耕し、ほぼ自給自足の生活をしていた。学費は1学期ごとに支払うため、お金がなければ次の学期は学校に通えなくなるという。
「はじめてグレースに会ったとき、彼女はうつむきぎみに話していました。自分が小学校にも行っていないから子どもを学校に行かせることができない。私のような大人になってほしくないと言っていた。でも彼女には、鶏や豚を飼って学費を稼ぐことを考える賢さがあった。それに、おおらかなタイプが多いウガンダ人には珍しく、時間を守るし手先も器用。この人なら一緒に仕事ができる。この人が笑顔になれるといいなと思いました」
職業訓練校の費用を千津さんが負担し、グレースさんに技術を磨いてもらった。3か月後、ある程度の上達はしたが、試しにバッグを作ってもらうと日本で販売するのは難しい出来だった。そんなとき、1人の女性が千津さんに声をかけてきた。
「私もやってみたい」
千津さんが職業訓練校に出入りしている様子を見ていたスーザンさんだった。試しに作ってもらうと、ミシンの腕は確かだ。そしてもう1人、革の縫製ができるサラさんも名乗りを上げた。聞けば、2人もシングルマザーだった。
「シングルマザーを応援しようと思って始めたわけではないんです。気がつけばみんなシングルマザーだった。そしてやる気や技術がある。彼女たちは子どもたちに教育を与えるために働いていた。ウガンダで女性たちの雇用を作れば次世代を担う子どもたちが教育を受けられるようになる。社会の仕組みを変えることにつながるかもしれないと思いました」
グレースさん、スーザンさん、サラさん、そして千津さんの気持ちはひとつになった。知り合いの家の3メートル四方の部屋をタダで借り、冷蔵庫や炊飯器などの家財道具の横にミシンを1つ置いた。そこが4人にとっての最初の小さな工房だった。
「3人とも子どもを抱える母親ですから、起業前とはいえタダで働かせるわけにはいかない。私の貯金を崩して作った分を支払うことにしました。平日はNGOの仕事、休日はその小さな部屋にこもって仕上がりをチェックしました。休む暇はなく、大変だったけど楽しかった。3人がとても一生懸命だったし、人柄もいい。問題があっても3人で解決できる聡明さにも驚かされました」
商品の製作にめどが立ったころ、千津さんは思い立ち、日本にいる母にウガンダからラインを送った。