「2年ぐらいたってから、彼がひょっこりとお店に来店したんです」

 海外から戻ってきたばかりの彼はヘアスタイルがショートになり、年齢より若々しく見える、清潔感あふれる実業家そのものだった。

「黙って海外に出かけた彼を許せなかったので、すねたりしました。その後すぐデートに誘われ、交際を求められたので、じらしましたが、結局は承諾してしまったんです」

 交際後すぐに六本木駅近くの高級マンションに招待されたという。

「そこで株を中心に海外投資の話をしてくれましたが、彼の仕事の内容の一部を語ってくれたという印象でした」

 と当時のことを振り返る。

「私の趣味が部屋の模様替えとわかると、彼はインテリアで有名な国内外のホテルに連れて行ってくれたんです。特にフランス、イタリアなどゴージャスなホテルのスイートで開けたシャンパンが最高でした」

 だがシャンパンの泡のごとく、彼との恋も徐々に終わりへと向かっていく。

結婚式の1か月前に行方不明に

「再会から半年後にプロポーズされました。承諾すると、私の実家のある北陸のホテルで、親族と会食することになったんです」

 ところが会社の役員をやっている彼の父親が急用で出席できなくなり、彼の母親と久美子さんと両親の5人の会食会になった。和服姿の彼の母親は華道の先生と名乗り品がよく、久美子さんも両親も彼が口述する「家柄」にすっかり丸め込まれたという。

結婚に向けて具体的な話が進展するうちに、彼から海外の投資をすすめられたんです。“今後は2人で財産をつくっていこう”って。その配当金が50万円だったので、すっかり信用してしまって」

 100万円、200万円と投資するうちに、その額は600万円に。

結婚式場に払う費用も、海外のクレジットカードしか持っていないから払えないと言われて。私、海外のクレジットカードは日本で使えないんだと、信じてしまって……。“悪いね”と100万円をキャッシュで渡されたので、信用して式場に残りの金額、400万円を払いました」

 だが結婚式の1か月前に、彼が突然行方不明になってしまった。連絡してもつながらない。事故に遭ったのではと心配した久美子さんは、マンションの管理人に電話をした。

「管理人は、そこは海外赴任している人の部屋で、人が住んでいないというんです」

 彼の実家の連絡先もつながらない。それまで彼の母親から連絡があっても、久美子さんから電話をしたことがなかったのだ。母親は詐欺のために偽装されたのかもしれないと不安がよぎる。また彼を紹介した常連男性は、一身上の都合ですでに会社を退職したことがわかったという。

「騙されたのかもしれない。結婚詐欺に遭ったのかもしれないと彼を疑いました」

 理想の男性からプロポーズされて、幸福の絶頂だったが、たちまち絶望のどん底に叩き落とされたのだ。

「警察に被害届を出しました。マンションに踏み込んでもらいましたが、人が住んでいる気配がない。プロに合鍵を作ってもらったのかもしれないと警察から言われました」

 結局、投資と称して彼に騙し取られた金額が600万円、結婚式のキャンセル料が諸々で200万円、オーダーメードのドレスやブーケ100万円と、被害額は1000万円近くに達した。

 結婚式をキャンセルし、会社に居づらくなってしまった久美子さんは退職。実家に戻ったが母親から「いつまでゴロゴロしているの」と疎ましい態度をされたという。そこで久美子さんは、1か月もたたないうちに家を出た。

「銀座の店のママを頼って上京すると、“男を見る目を養う”という条件つきで新しい働き先を紹介してくれました。また20代のうちに昼間の仕事を見つけて、夜のバイトから足を洗うこともすすめられました。ママの愛情だったと思います」

 結婚詐欺被害のトラウマから抜け出せないまま夜の店でバイトをしているとき、人生に絶望している自分に気づいた。そんな中で、母親から疎ましい視線を浴びせられたことに対して、無性に腹が立ったという。

「7歳違いの弟を溺愛している母は、娘が人生最大の苦難に直面していても無関心。その悔しさをバネに、仕事で成功してやると決意しました」