『蜘蛛の糸』を思い出す謝罪動画
暴力を受けた後、警察に相談しても無視されたという話も非常によく聞く。先の花火を打ち込まれた人は、多摩川の河川敷に住むホームレスだった。
「結構なやけどをしたから川崎警察署に行ったんだ。そうしたら警察に“警察はホームレスに関わっている時間はないんだ、帰れ!!”って怒鳴られた。もう何があっても行くものかって思ったよ」
と悔しさを滲ませた。実際、ホームレスへの暴力は、よっぽどな重症を負うか死亡しないと、ニュースにならない。
たとえ命は助かっても、彼らには病院に行く金銭的余裕はない。エアコンもなく、熱がこもる小屋の中でひとり、うずくまって痛みに耐え、傷を癒やすしかないのだ。
「はやく死にたい」
そう話すホームレスも少なくない。彼らは社会からだけでなく、自分自身からも愛されてない。孤独でみじめだ。
DaiGo氏は謝罪動画で自身のイジメられた経験を盾のように話したが、ホームレスが社会から排除され、理不尽に暴力を受けている現実があることを想像することはできなかったのだろうか?
彼の想像力の欠如は、謝罪動画にも表れている。
「“自分の責任でもないのに生活保護を受けることになった人”“必死に立ち直ろうとしている人”は救われてしかるべきなのに、そういう人を傷つける発言をしてしまった」
この発言を聞いて、僕は芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を思い出した。
“悪事に手を染めていない”善なる人間にだけ生活保護という“蜘蛛の糸”を垂らしてやる。だが、行いが悪ければ、糸を切って地獄へ叩き返す。と言っているように聞こえるのだ。