ユニークすぎる店名に込められた思い
東急田園都市線・青葉台駅(神奈川県横浜市)からほど近い年季の入ったビル。その2階に、岸本さんが社長を務める会社、『ジャパンベーカリーマーケティング』はあった。「美容院と間違えて入ってくる人もいる」という社内は、廊下がガラス張りで光が差し込んでくる。さりげなく置かれたインテリアやアートにもこだわりが感じられる。
そこに現れた岸本さんも、こだわりたっぷりのいでたちだった。
テンガロンハットに派手なサングラス、長髪に髭。服は極彩色の重ね着、足元のスニーカーは蛍光色で、しかも左右別々の色である。アニメのキャラクターとして登場してきそうな実に「濃い」スタイルだ。
「こんなふうに服装が自由になり始めたのはここ5、6年ぐらいですね。その前はスーツ。プロデューサーとかコンサルタントを名乗る人は、スーツを着るものだと思っていましたから。“この格好は自分の本意なのかな”と考えたときに、もっと自分らしく表現したいと思うようになったんです。そしたら、こうなっちゃいました(笑)」
ベーカリープロデューサーの仕事は、「パン屋さんを開きたい」というオーナーから依頼を受け、店の場所や人の流れを分析することから始まる。そして店名を考え、外装や内装をデザインし、商品開発も行う。
「ご指摘のとおり、僕のプロデュースする店は変な名前が多い。でも、もし店名が気になって仕方がないとしたら、それはまんまと僕の狙いどおりなんですね(笑)」
確かに、街でこの看板に遭遇したら、誰もが釘づけになってしまうだろう。
「奇をてらっているわけではありません。ネーミングのポイントは、覚えやすくて、ちょっとダサいこと。“ダサさも突き抜けるとカッコよくなる”という持論があるんです。こうした店名をつけるのは、とにかくお客さんに知ってもらい、覚えてもらうため。提案した店名をオーナーさんに拒絶されたことは、これまでに1度もありません」
その戦略の効果は実証ずみだ。例えば、東京都清瀬市にある『考えた人すごいわ』はオープンから3年がたつが、いまだに行列が絶えない。864円の食パンを1日500本ほど売り上げている。
「かつてない口どけの高級パンというのが商品の特徴。そこから、食べた人が思わずつぶやいてしまうであろう言葉を考え、店名にしたんです」
目を引くのは店名だけではない。店舗の側面には大きく「秘伝」の文字。ショッパーと呼ばれる持ち帰り用の紙袋には、ギリシャ彫刻のソクラテスのようなデッサン風のイラストが描かれている。
「お客様に非日常のワクワクを感じてもらうために、そんな演出を施したんです」
こんなエピソードがある。小学校の授業で、先生が子どもたちに「みなさんの好きなパンは何ですか?」と聞いたところ、
「メロンパン!」
「アンパン!」
そんな声が上がる中で、
「考えた人すごいわ」と言った子どもがいたという。
快進撃を続ける岸本さんだが、ここに至るまでには、数多くの思いがけない出会いがあった。