外出困難な人に「出会い」を
その後もたくさんの仲間が吉藤さんのもとに集まり、企業との連携や投資も増えた。
ALSの患者でもあり、一般社団法人WITH ALS代表理事である武藤将胤さん(35)も大切な仲間の1人だ。2016年に出会って意気投合。ALSなどの患者がたとえ気管切開をして声を失っても自分の声でコミュニケーションを続けられる技術を、オリィ研究所、東芝デジタルソリューションズ(現コエステーション)、WITH ALSの3社共同で開発してきた。
「分身ロボットオリヒメを活用して講演やイベントなどの活動をしてきましたが、最もその人の自分らしさが出るのは、「声」だと思うのです。
僕は2019年にALSの進行によって肺炎で繰り返し入院し、翌年1月に喉頭気管分離手術を行ったことで完全に自身の声を失いました。そんなとき、真っ先に彼が僕の近況や思いをSNSで代弁してくれた。人の痛みに寄り添って、当事者の状況を自分事にできるのが、彼のすごさです。僕が彼を信頼しているいちばんの理由でもあります」
武藤さんは今、ラジオ番組やイベントなどでも、この共同開発したシステムを使って、自分の声で活動している。
2017年9月、吉藤さんの親友でありパートナーでもあった番田さんは28歳で亡くなった。これまでに出会い、話を聞かせてくれた患者さんたちが何人も亡くなっていった。
「『このままでは無駄に死んでしまう。こんな身体だからこそ、生きた証を残したい』と番田は言っていました。番田は出会ったとき、すでに呼吸器をつけていました。ALSの患者も呼吸器をつけるかどうかを選ばなくてはならない。日本で呼吸器をつけることを選ぶ人はたった3割です。死なない理由を見つけた人しか生きることを選べない。それは私が、死なない理由を探していたことと重なります」
家族や友人から「ただ生きてくれていれば」と言われるだけでなく、自分の「役割」を得て、誰かに必要とされていることが自覚できることで生きる意味は大きく変わる。「偶発的な出会い」を生み出す「仕事」をテレワークで実現することは、その一歩となる。だからこそ、オリヒメが働く場として分身ロボットカフェを実現したかった。
最初から秘書として働いたり、講演をしたりできる番田さんのような人はそう多くない。高校生にもできる仕事から始めて経験を重ね、そこでの出会いや自分のよさを生かして、より専門的で知的な仕事に変わっていく。すべての人がそんなプロセスを手に入れられるように吉藤さんたちは日々研究を重ねる。
「家から出られない人も、どんどん人と出会える仕事をつくりたかったのです。役割だけでなく、人との出会いや関係性を生み出すことのできる仕事、その1つが分身ロボットカフェでした。私たちは、外出できなくなったとしても、生きがいや役割を見つけ、死ぬ瞬間まで誰かに必要とされながら人生を謳歌することができるか。そこへの挑戦です」
番田さんは生前こんな言葉を残していた。
「外に出ることのできないつらさは、出会いと発見がないこと」
今、コロナ禍で人との距離を保つ必要が生まれた世の中で、その思いを世界中が感じ始めている。オリィ研究所の挑戦はすべての人に共通の希望となった。病気やけが、障害や高齢化は他人事ではない。私たちの日常と地続きだったことを改めて思い知らされる。
「分身ロボットカフェDAWN ver.β(ドーン バージョンベータ)」の「DAWN」の意味は「夜明け」。分身ロボットカフェで自信をつけたパイロットたちは、スカウトを受け、ほかの企業へ転職もできる。
神奈川県庁や東京都港区役所、モスバーガーの実店舗での設置、自治体や企業などオリヒメの活躍の場は広がっている。入院中で学校に行けない子どもたちが家族や友人と過ごし、遠隔で授業を受ける運用実績も増えている。
パラリンピックで来日したフランスの障害者担当副大臣もカフェに視察に来て絶賛した。世界への発信は目前だ。
新しい社会の夜明けは、もう始まっている。
(取材・文/太田美由紀)