左手だけで始めた新たな挑戦

 今年5月には知人が所長を務める「ウィルフォート国際特許事務所」に再就職でき、一定の収入も確保できたという。今は自宅からリモートワークで若手の弁理士たちにアドバイスを送る日々を送っている。そんな岡崎さんは、脳卒中になるかもしれないと思っている人々に、アドバイスを送る。

「脳卒中になると、とにかくお金がかかります。私のように、仕事を失うかもしれない。無事に退院できても、再就職にも困るかもしれない。そう考えると、もし自分が脳卒中になるかもと心配な方は、私の経験から言っても、医療保険には加入しておいたほうがよいと思います」

 岡崎さんは若いころから医療保険に加入していたという。

「最初のころは月に1万円程度の掛け金でした。脳卒中になったころは、月3万円くらいかな。でも入っていて、本当によかった。もし加入していなかったら、相当まずいことになっていたと思います」

 さらに続ける。

脳卒中を発症すれば働けなくなる場合があるので、備えておくしかないと思います。日本では平均寿命が延びていて、脳卒中患者の多くは高齢。ですので、この先も脳卒中になる人が激減するとは考えにくい。自分がいつか脳卒中になるかも、と考えておくことが大事です

 岡崎さんは、再就職して定期的な収入も生まれた。お金のことで悩むことも少なくなったのではないだろうか。

「そんなことはありません。今の特許事務所で働けているのは、たまたま所長が古い知り合いで、彼の厚意によるものです。ずっとこのまま甘え続けるわけにはいきません」

 そんな岡崎さんが考えたのは、弁理士としての経験や知見を書き残すことだった。

「左手でしかキーボードを打てませんが、文章を入力するのは何とかなります。実は再就職する前から執筆活動を始めていました」

 岡崎さんが書きためていた原稿は昨夏、『特許を巡る企業戦争最前線』(海鳴社)という書籍になり、発売された。弁理士仲間の間でも評判になり、手ごたえを感じた。

書籍化を目指し、パソコンに向かって左手一本で闘病記を入力する 撮影/佐藤靖彦
書籍化を目指し、パソコンに向かって左手一本で闘病記を入力する 撮影/佐藤靖彦
【写真】家の中で歩行器を使って移動する岡崎さん

「今は脳卒中の闘病記を書き始めています。この活動が何とかモノになればいいですね」

 脳卒中から生還しても、人生は続く。後遺症がある中、どう働いて収入を得ていくのか。岡崎さんの経験は、その重要さも教えてくれる。